白狼の魂に傷がついた。そこから漏れ出したどす黒いモノは、黒いローブの魔術師に掛かった。
「うわっ、うああああああああぁっ!」
絶叫する魔術師の体は、溢れ出た黒いモノに喰われるように全身を呑み込まれていく。
魔王の欠片。それが侵食しているのだ。
「うっ、あああぁっ!」
「ディー!」
ディーもまた自身の右手を押さえてうずくまる。どうやら溢れ出た黒いモノが、彼女の右手と腕に掛かったらしい。
生き物が触れてはいけないものだ。
俺はディーのもとに駆け寄り、その体を黒きモノから離した。彼女を抱えて、急いで後退。
って! ダークリッチがこっち見てるぅ!
「ヴィゴさん!」
「ヴィゴ君!」
ルカが、ヴァレさんが俺の名前を呼んだ。巨大なるダークリッチの手が、俺のほうへ振り下ろされようとしている。
だがその直後、ダークリッチの顔面に爆発が起きた。
「ええっ!?」
驚く一同。国王陛下と心はわからないが同体であるダークリッチに恐れ多くも攻撃したのは……イラだった。
奴隷シスターは、左腕にベルトで固定した
「大いなる神よ、罪深き我を許したまえ」
「何てことを!」
シンセロ大臣が血相を変える。
「こ、国王陛下に武器を向けるなど……!」
「罰ならば喜んで受けましょう。今のわたしは、ヴィゴ様をお守りするためならば、いかなる罪も恐れません!」
イラは、いつになく真剣な顔で言い放った。アウラは大臣に言った。
「心配しなくても、あの程度でダークリッチが傷つくものですか」
「し、しかしだな……」
「問題は、このままだとワタシたちも助からないってことよ」
マジックシールドを展開したことでダークリッチの魔法攻撃は阻止している。
「まあ、閃光と呼ばれたこのワタシレベルだからダークリッチの魔法も防げるけど、それだけでは状況を脱せないわ」
「ダークリッチを止めなかれば、じり貧だ!」
ロンキドさんは盾を構えて、ダークリッチを睨む。
「ヴィゴ殿! 急いで!」
カメリアさんが盾を手に呼び掛ける。ディーを抱えた俺はマジックシールドの範囲内に入った。
相変わらず苦痛にディーが苦しんでいて、モニヤさんが急いで治癒魔法を試みる。ディーの手には、もう白狼の魂はなかった。ヒビが入り、漏れ出したモノが全部外へ流れてしまったのだろう。
黒魔術師だったものは、黒いモノそのものに取り込まれてしまったようだった。
「――どうやって、ダークリッチを止めるのですか!?」
ルカの声に、俺は振り返った。
「私が聞いた話では、ダークリッチはただの魔物ではなく、倒すのだって至難の業だって」
「これこれ、まだ国王陛下は生きておいでなのだぞ!」
シンセロ大臣が口を挟んだ。
「陛下を殺すつもりか!?」
「じゃあ、ワタシたちに殺されろっていうの? アンタは!?」
アウラが怒鳴り返した。他の者たちは、国王陛下を攻撃することに戸惑い、躊躇い、言葉も出ないようだった。
「ここでワタシたちは逃げても、ダークリッチが城の外に出てしまえば、王都が危ない。国王が死ぬまで動き続けるんですからね! だったら犠牲を最小に留めるためにも、やむを得ない」
「いや、それは大罪だ! 反逆だぞ! 陛下に刃を向けるとは――ひやっ!?」
マジックシールドの外で電撃が落ちた。ダークリッチさんは、なおも魔法攻撃を繰り返している。……頭悪いんじゃないかこいつ。
「アウラ。国王陛下を助ける方法はないのか?」
俺が問うと、アウラは眉間に皺を寄せた。
「ないわよ。残念だけど、早くダークリッチを倒して、王を楽にさせてあげることくらい」
「……」
そんな……、と大臣がガックリと肩を落とす。アウラは告げた。
「聞いてちょうだい。普通、ダークリッチは倒すのは難しいけど、今回のそれは本物ではなく呪血の石による具現化。これを破壊すれば、あの化け物も倒せるわ」
「しかし呪血の石は――」
国王陛下の体の中。石を破壊するには、陛下の体を直接攻撃しなくてはいけない。
「ちょっと待って……」
俺は、頭の中に引っかかるものがあった。
「石を破壊すれば、ダークリッチは倒せるんだな?」
「そうよ」
「なら、その埋め込まれた石を陛下の体から取り出せればどうだ? ダークリッチと陛下の体を切り離すことができれば、陛下を救うことができるのでは?」
「確かに理屈の上ではそうだけれど、できるわけないでしょ?」
「どうかな。俺の『持てるスキル』なら、体内の石を『持つ』ことができれば、取り除けるんじゃないかな?」
あ、と声が漏れ聞こえた。アウラは考える。
「確かに、アナタのスキルならば……何でも持てる神の与えたスキルなら、体内の石を持つことができるかもしれないわね」
「でも危険な賭けよ?」
モニヤさんが深刻な表情で言った。
「人体からの摘出は、体へのダメージが大きい。仮に取り出せたとして、その時のショックで命を落とす可能性もあるわ。特に今、陛下はダークリッチに力を吸い取られ続けている……」
「取り出せたら、全力で治癒魔法を掛けるしかないでしょ」
俺はモニヤさんを見つめた。
「このままじり貧になるより、早く実行するだけ陛下を助けられる可能性は上がると思います」
「でも、私の高位回復魔法でもギリギリ及ばないかもしれないわ。イラ、あなたは高位魔法は使えて?」
「いいえ、申し訳ありませんが、わたしの魔法は……」
イラは目を伏せた。
多くの怪我人や病人を見てきた元プリーステスのモニヤさん。専門家がそうおっしゃるならばそうなのだろう。
「でも複数掛けなら、可能性はなくはない。そうですね?」
「それはそうだけれど、ここに高位回復魔法の使い手は私しかいない」
俺は左手を差し出した。
「俺の手が、あなたの高位回復魔法を『持ち』ます。俺が石を取り出した直後に、高位回復魔法を陛下に当て、モニヤさんも高位回復魔法を使えば、実質二人が使ったのと同じではありませんか?」
「っ!?」
モニヤさんが目を丸くした。
本当は、片手にひとつずつ持てば、3人同時みたいなことができただろうけど、残念、もう片方の手はは呪血の石を取り出すのに必要なんだね。