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第52話、暗躍する者たち


 王都内某所、とある帝国の工作員であるボーデンは、王城に潜入した工作員からの報告に眉をひそめた。


「白狼の魂の所在はわからない、と?」

「はい」


 白のローブをまとう工作員、キールは渋い顔になった。


「王城警備のセイム騎士団の者すら、白狼の魂が持ち込まれたことを知りませんでした。警備体制がここ数日で変更になった、など、別段警備に人員が増やされた場所もなく、厳重になったという事実もありません」

「すべて平常通り、ということか」


 ボーデンは腕を組む。白狼族が嘘をついた……? いや、それはあるまい。本来、白狼の魂を守護するのは彼ら白狼族の役目。だが我が黒の殲滅団による攻撃で、その守護する力は大幅に失われた。


 白狼族に魔王の欠片を守り切れる力はなく、同じく魔王の力を危惧する王国が、手を拱いているはずがない。


「となると、平時でも厳重に守られている場所。あるいは、誰にもわからない秘密の隠し場所か……」

「やはり確実なのは、知っている人間から聞き出すしかないでしょう」

「誰なら知っている?」

「国王、大臣は確実でしょう。白狼族が一度、王城を訪ねて、面会しているのを騎士団の者が確認しております」

「国王と大臣か……」


 ボーデンはため息をついた。選りに選って、特に城から出ることがないふたりだ。


「これは、誘拐を計画するより、直接乗り込んで、本人に直接白状させたほうが早そうだな」


 白狼の魂を手に入れるためならば、手段を選んでいられない。この王都カルムを焼き尽くすことになろうとも、必ず魔王の欠片を入手するのだ。


「王都で騒ぎを起こすとして、障害となるのは、王都警備隊」

「それと冒険者ですね」


 キールは表情を引き締めた。


「腕利きの冒険者は複数いますが、特にギルドマスターのロンキド、そして最近活躍目覚ましいヴィゴは要注意かと」

「白狼族とも少なからず関わりがあるからな」


 こちらの目的を知れば、おそらく妨害してくるだろう。


「ヴィゴの魔剣ダーク・インフェルノは奴の手の中だ」


 黒の殲滅団の手の者が、町にいたヴィゴの剣を奪い取ったが、それは単なる安物の剣であり、魔剣ではなかった。


「あれが奴の手元にある限り、生半可な魔獣を配置したとて、容易く処理されてしまうだろう」


 何せ大型邪甲獣ですら仕留めてしまう力を持った魔剣とその使い手だ。王都で騒動を起こしても、手早く処理されては大した時間稼ぎもできない。


「よもや魔剣を持ち歩かないとはな」

「黒の連中は、次は直接狙うべきでした」


 キールの言葉を受けて、ボーデンも眉間にしわを寄せた。


「目の前に魔剣が置いてあると、奪うことに注意が行ってしまった。もし暗殺を重視していたならば今頃……」


 今さら何を言っても遅いのだが。

 そこでキールは思い出したように言った。


「ボーデン様、その魔剣奪取の際に、黒の者が捕まったと聞きましたが……」

「すでに自決した。よって、こちらの情報は漏れてはいない」


 工作員の常として、秘密を守るためにいつでも自らの命を絶てるようになっている。そうでなければ、敵地への潜入など覚束ない。


「だが、何かが暗躍しているのでは、という疑念を持たせる材料にはなっただろう。これ以上警戒を強められる前に、事を進めねばならん」

「はい」


 キールは頷いた。ボーデンらは、次の行動のための計画を練り、その実行の準備に掛かるのである。



  ・  ・  ・



「ヴィゴさん、おはようございます」

「……おはよう、ディー」


 俺は、白狼族の少女に声を掛けられ、ベッドから降りた。


「お水、用意してあります」

「ありがとう」


 洗面用の桶が置かれた。欠伸を押し殺しつつ、窓の外から差し込む朝日に目を細める。


 ロンキド一家と共同生活も、今日で3日目。今のところ敵の攻撃はない。


 ディーも初日こそふさぎ込んでいたものの、昨日あたりから急に動き出して、家の手伝いをし始めた。誰かが、体を動かしたほうが気分が楽になるとでも吹き込んだのかもしれない。


 顔を洗い、用意された布で水気を取る。


 俺の部屋は3階。1階に降りると、ルカとヴァレさんが朝ご飯を作っていて、モニヤさんとイラが食卓に食器を並べていた。


 冒険者宿でも、食堂では他の冒険者と顔を合わせて食事したから、人数が多いのは慣れているが、ひとつのテーブルを囲むとまた違ったもので、大家族のような雰囲気だ。


「おはよう、ヴィゴ」

「おはようございます」


 ロンキドさんはすでに食卓についていて、マリーさんとお話をしていた。俺も慣れてきたが、こうしていると、ロンキドさんが親父、マリーさんがお袋さんなんだよな。俺もつい、ロンキドさんを『親父』と呼んでしまいそうになる。……こりゃ、いつかどこかでやらかすぞ。


「おはようー」

「おはよう、ウィル。あなたが一番ドベよ」


 母であるマリーさんの一言に、寝癖頭のウィルは口を尖らせた。


「えー。ニニヤいないじゃん」

「お庭で、アウラさんと魔法の練習しているわよ」


 モニヤさんが、手櫛でウィルの寝癖を撫でた。


「またぁ? 隙あらばアウラ姉さんに教えてもらおうとするよね、ニニヤってさ」

「アウラさんは『閃光』の二つ名持ちの伝説の魔術師様だからね。弟子入りしたがるのも無理はないわ」

「私の時は地獄だったけれどね」


 ヴァレさんが舌を出した。アウラと聞いて卒倒した元宮廷魔術師は、いまだ抵抗があるようだった。


「ヴィゴ、覚悟しなさいよ。そのうち、ニニヤはあなたのパーティーに入るとか、連れていってと言い出すに違いないわ」


 急に俺に振られた。ニニヤ15歳が俺のパーティーに……。思わずロンキドさんがどういう表情をしているか気になって見れば、いつもの無表情とぶつかった。


「どう思います、お父さん?」

「いいんじゃないか。あれで、言い出したら聞かない子だからな」


 いいんかい。というか、周りにスルーされたけど、俺、つい『お父さん』なんて呼んでしまったぞ。


 だいぶ毒されてきたが、こういう如何にも家族って空気、いいなぁ。たぶん短い間なんだけど、こういう平和な時は続いてほしいなって思う。

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