「すまんな、皆で押しかけることになって」
ロンキドさんが詫びた。俺は首を横に振る。
「いいえ、こういうことがこの王都でありましたからね。そうなりますよ」
「敵の狙いは、魔王の欠片である白狼の魂で間違いない」
眼鏡の奥にあったロンキドさんの目が悲しみを帯びる。
「敵が魔王の欠片の所在を、白狼族から聞き出した場合はともかく、そうでない場合、次に狙われるのは白狼族と関わりがある……おれだろう」
何せ白狼族の世話をしたのは、ロンキドさんだ。敵が白狼の魂を探している以上、情報を得るためにロンキドさんや、彼の家族が標的になる可能性は高い。
「王城には遣いを出した。白狼の魂は、今はあそこだからな」
「いいんですか、俺に教えてしまって」
「王城のどこかまでは知らないだろう?」
ロンキドさんは相好を崩す。
「騎士や兵が大勢いる場所に突撃するのは、敵も大変だろうね」
「確かに」
かくて、俺の家に、ロンキドさん一家が泊まることになった。
白狼族を襲った敵が、ギルマスの家を襲撃した時、その家族に危害が及ぶ危険性を抑えるためだ。
俺の家には、俺、アウラにルカもいるから、敵が襲撃してきても返り討ちにできる可能性も上がる。
俺たちが、ロンキドさん宅に行って警護を手伝うという手もあるが、今回ディーを保護した時、俺もいたわけで、関係者認定されている可能性がある。
ぶっちゃけ、俺の家のほうに敵が来る可能性もあった。……留守中に家を燃やされたりは勘弁な。せっかく手に入れたマイホームなんだし。
個別に襲われて撃破されるよりも、戦力をまとめて対抗しよう、という案となったわけだ。
「もし、敵が襲撃してお前の家に被害が出たら、おれのほうで弁償する」
「いいんですか?」
「そうでもしないと、ルシエール師匠が許さんだろう」
あー。俺の家でもあり、アウラの家でもあるもんなあそこ。
ということで、ロンキドさんが家族に事情を説明。しばらく余所に滞在するのに必要な日用品などをアイテム袋などに収納して、一家で俺の家に移動。
「ただいまー」
「お邪魔する」
俺、そしてロンキドさんが玄関をくぐり、さらにマリーさんが顔を上げる。
「ここがヴァレのお師匠さんの家かい」
「まあ、そうなのよね。ルシエール婆さんを思い出すと、ゾッとするけど」
ヴァレさんがそう答えた時、室内からドタドタと走ってくる音がして――
「誰が婆さんだ、このアマァ!」
「ひぇっ!?」
アウラが飛び出し、ヴァレさんが悲鳴を上げた。後ろにいたモニヤさんは「まあ」と驚き、娘のニニヤも、マリーさんの息子であるウィルも目を丸くする。
「お師匠、じゃない……?」
「ほう、この顔を見忘れたのかいヴァレ!」
「いや、初対面ですけど」
ビックリしつつも真顔になるヴァレさん。
緑色の長い髪の美女魔女は、さすがに知らないんじゃないかな。俺は、ロンキドさんと顔を見合わす。……どっちが紹介します? あ、俺? わかりました。
「あー、ヴァレさん。こちらは、アウラ。ドリアードですが、転生前はアウラ・ルシエールさんだったそうです」
俺が言えば、ヴァレさんは固まった。
「は? ……ルシエール……? お師匠様!?」
「久しぶりね、ヴァレ。不肖の我が弟子」
仁王立ちするアウラに、ヴァレさんは後ろへ倒れ込み、とっさにモニヤさんとウィルに支えられていた。マジで気を失いおった……。
・ ・ ・
居間にて、改めて自己紹介。俺とルカはここにいる全員の顔を知っているが、アウラは10年ぶりだし、イラも全員は知らなかったりする。
「へえ、ニニヤにウィル。大きくなったわね」
アウラは、15歳になった子供たちを見て、顔をほころばせた。
「この前会った時は、ほんと小さかったのにね」
子供たちはガチガチに緊張している。偉大なる魔術師アウラ・ルシエールは伝説の存在であり、ニニヤもウィルも多分おぼろけには覚えているのではないかと思う。
……ただ、その時はアウラはかなりのお年のお婆さんだっただろうから、こんな若くて美人になったアウラに途惑っているのだろう。
クッション付きの長椅子の上で気絶したままのヴァレさん。モニヤさんが苦笑する。
「まさか、アウラ様が転生されていたなんて」
「ワタシの死後にここへ足を運んでいれば、もっと早く会えたのにね」
アウラが悪戯っ子のように言うのである。
そんな女性陣のお話の中、俺はロンキドさんと、白狼族の生き残りであるディーと向き合っていた。
「一族がやられてしまった以上、ディーはひとりだ」
「……」
無言で俯いているディー。先日、故郷を襲われ、待避した王都でも一族全滅だもんな……。
「他に頼れるところは?」
「……わかりません」
ポツリとディーは答えた。
「ボクは他のところのことは知りません。だから……どうすればいいのか、わからないです」
ボクっ娘! 彼女の一人称を初めて聞いた。と、それはともかく、まだ子供だもんな。自分たちの住んでいたところ以外のことは知らないのも珍しくはないだろう。
「元々、白狼族は閉ざされたコミュニティーだからな」
ロンキドさんは淡々と言った。
「自分たちの集落で大方、済んでしまっていたからな。敵の動向が掴めない間は、ひとりだと危険だから我々で保護するとして、問題はその後だな」
他に頼る者がいない。獣人であるディーが、人間の国の王都に住むというのは大変だろう。
聞いたところ、彼女は治癒術士だという。冒険者や治療所とかがパッと浮かぶが、獣人を受け入れてくれるか、というのがネックになる。
「冒険者をするか、あるいはギルドで働くと言うなら、給料と住む所は提供できる」
ロンキドさんが提案した。
「ディーは、一応冒険者登録はしてあるから、他のパーティーに入ってお世話になることもできる」
治癒魔法が使える存在は、重宝されるという。たとえ獣人や亜人でも加入できるところがある。
「ゆっくり考えろ。君の人生だ」
「はい……」
ディー……。もし、冒険者やるなら、うち来る?