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第50話、暗躍する影


 冒険者ギルドから帰る途中、泣いている少年? 少女?がいた。


 白い髪にトンガリ耳。そして見覚えのあるローブ姿に、俺はそれが先日助けた白狼族の少女のディーだと気づいた。


「大丈夫か?」


 声を掛けたら、すでにボロボロに泣いていた彼女は近づいた俺に飛び込んできた。


 ダイブするなら、俺よりルカやイラのほうが柔らか――ゴホン。いくら泣いていたとはいえ、いきなり抱きつかれるとは思わず、俺は困惑してしまった。


「お、おい……!」


 前回会った時もかなりつらそうな顔をしていたけど、この子、マジで精神状態が危ないところに来ているんじゃないの? 


「ひょっとして仲間から何か言われたか?」


 パーティーが全滅したことで、一族の仲間からつらいこと、厳しいことを言われたとかかな? 友人や家族の死に、唯一生き残ったことで、八つ当たりされたとか。


「ヴィゴ様」


 イラが小さく、首を横に振った。あー、落ち着くまでは何も聞くなってことね。俺は、ディーの背中をポンポンと撫でてやる。


 ディーがある程度泣き止むまでそのままにした。通りだったからすれ違う王都住民の視線が痛かった。……俺は何もしていないぞ。


 やがて、ディーは話してくれた。白狼族が拠点としている借家が襲われて、一族が皆殺しにされたことを。


「!?」


 するとアレか。この子しか残っていないのか。ひでぇことしやがる……!


「大変だったな……」


 ディーをもう一度抱きしめてやる。……許せねえよな。

しかし、どうしたものか。今その借家に戻っても死体しかないなら、ディーを連れて行くのは余計に苦しめるだけではないか。


 王国に通報する? いや、ロンキドさんは白狼族と繋がりがあるから、あの人の指示を仰ごう。たぶん白狼族に提供した家も、ロンキドさんが世話したものだろうし。


「ルカ、ギルドに戻って、ギルマスにディーから聞いた話を報告してくれ。とりあえず、俺たちは落ち着くまでこの辺りにいるから」

「わかりました! 行ってきます!」


 ロンキドさんと俺と一緒に白狼族の件に関わっているルカだから、説明もスムーズだろう。


 近くに酒場兼食堂があるので、そこで休もう。俺とディー、イラは、テラス席に陣取って、お茶を注文した。


 腰にさしていたショートソードを立てかけ、席に座る。さて、状況を聞いても大丈夫なのか、不安ではあるが、ディーにとりあえず声を掛けよう。すっかり落ち込んでしまっているディー。


「――戻った時は、誰もいなかったのか?」


 コクン、と小さくディーが頭を上下させた。


「ニオイが……」

「臭い?」

「村を襲った人たちと同じニオイが……しました」


 白狼族の村。黒い装備をまとう武装集団――


「白狼の魂を狙っていた奴らだな」

「ヴィゴ様、白狼の魂とは……?」


 イラが尋ねてきた。お前はあの場にいなかったもんな。知らなくても無理はない。


「魔王の欠片らしい。大昔の魔王の体をバラして封印したとかいうやつ」

「魔王……!?」


 そりゃいきなり魔王と言われてもビックリするよな。俺は、ディーを見やる。


「奴らに、白狼の魂を奪われた……?」

「いえ、一度狙われているので、長は、ボクらにも知らない場所に預けたと言っていました。だから……家には白狼の魂はなかった」


 しゅんと、俯くディー。だが突然、顔を上げた。狼耳が立ち、大きく目を見開く。


「!?」

「……どうした?」

「うし、ろ!」


 後ろ――とっさに振り返りつつ立つ。ガタンと椅子が揺れ、立てかけていた剣が倒れた。


 男がすぐそこまで近づいていた。マントを身につけたその男は、いかにも旅の戦士という格好だったが、そいつは俺が取るより早く俺のショートソードを収めた鞘をひったくるように奪った!


「は……!?」


 男は剣を抱えるように持つと、一目散に逃げ出した。


「ちょ……待てっ!」


 泥棒かよ! 俺のだぞ! 王都住民たちの中に紛れるように逃げる男。俺は追いかけるが、そこに別の男が立ち塞がった。


 ナイフを抜き、こちらを牽制してくる。こいつ剣泥棒の仲間だな!?


 俺は丸腰――ってわけでもないんだなァこれが! 手に雷をまとう。ナイフの男は、電撃が弾けた音に、目を見開く。


「サンダーバインド!」


 手に持った電撃がナイフの男を感電させて、その場に膝をつかせる。その顔面に一発パンチ!を打ち込んで倒す。


「……くそっ。見失った!」


 俺の剣を盗んだ奴は、王都の雑踏に消えた。


「ヴィゴ様! ご無事ですか!?」


 イラがやってくる。俺は倒れているナイフ男の襟を掴んで引きずる。


「俺は無事だけど、剣を盗られた。……まあ、ボロのショートソードだけど」


 魔剣は家に置いてきた。そもそも今のが魔剣だったとしても、人間に超弩級重量剣を持つことはできないだろうが。


「ヴィゴ、さん……」


 ディーが青い顔で、俺が引きずる男を見下ろした。


「この人間……あいつらのニオイが、します」

「あいつらって……? まさか、あの黒の連中か!」


 ただの物盗りじゃないってことか。武器泥棒が本職じゃあないだろうに。……とすると、俺が魔剣使いと知ってのことだったら、狙いは魔剣ダーク・インフェルノか。


 まあ、ただのショートソードと魔剣の区別もついていないみたいだけどな。


「厄介な連中が動いているな」


 俺は、意識を失っているナイフの男を見た。


「こいつから、話を聞き出さないといけないな。いろいろと」



  ・  ・  ・



 その後、ルカがロンキドさんと冒険者数人と共にやってきた。俺はロンキドさんにディーの件と、例の黒い一団が関与していること、そしてつい先ほど、魔剣狙いと思われる連中の仲間を捕まえたことを伝えた。


「こいつか」


 ロンキドさんは、拘束されているナイフの男を冷淡に見下ろし、連れてきた冒険者に命じた。


「こいつをギルドへ連れていけ」


 表情こそ淡々としていたが、その声には明らかに怒りが含まれていた。


「白狼族の家に行く。ヴィゴ、一緒に来てくれ」

「了解です」


 かくて、俺たちは、白狼族が使っていた借家へと行くことになった。そこで凄惨な虐殺跡を目の当たりにすることになる。


 回収される遺体を見つつ、俺の中でフツフツと怒りが込み上げた。白狼族に友人がいるわけではないが、改めて思った。


「仇はとってやる……!」

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