冒険者ギルドから帰る途中、泣いている少年? 少女?がいた。
白い髪にトンガリ耳。そして見覚えのあるローブ姿に、俺はそれが先日助けた白狼族の少女のディーだと気づいた。
「大丈夫か?」
声を掛けたら、すでにボロボロに泣いていた彼女は近づいた俺に飛び込んできた。
ダイブするなら、俺よりルカやイラのほうが柔らか――ゴホン。いくら泣いていたとはいえ、いきなり抱きつかれるとは思わず、俺は困惑してしまった。
「お、おい……!」
前回会った時もかなりつらそうな顔をしていたけど、この子、マジで精神状態が危ないところに来ているんじゃないの?
「ひょっとして仲間から何か言われたか?」
パーティーが全滅したことで、一族の仲間からつらいこと、厳しいことを言われたとかかな? 友人や家族の死に、唯一生き残ったことで、八つ当たりされたとか。
「ヴィゴ様」
イラが小さく、首を横に振った。あー、落ち着くまでは何も聞くなってことね。俺は、ディーの背中をポンポンと撫でてやる。
ディーがある程度泣き止むまでそのままにした。通りだったからすれ違う王都住民の視線が痛かった。……俺は何もしていないぞ。
やがて、ディーは話してくれた。白狼族が拠点としている借家が襲われて、一族が皆殺しにされたことを。
「!?」
するとアレか。この子しか残っていないのか。ひでぇことしやがる……!
「大変だったな……」
ディーをもう一度抱きしめてやる。……許せねえよな。
しかし、どうしたものか。今その借家に戻っても死体しかないなら、ディーを連れて行くのは余計に苦しめるだけではないか。
王国に通報する? いや、ロンキドさんは白狼族と繋がりがあるから、あの人の指示を仰ごう。たぶん白狼族に提供した家も、ロンキドさんが世話したものだろうし。
「ルカ、ギルドに戻って、ギルマスにディーから聞いた話を報告してくれ。とりあえず、俺たちは落ち着くまでこの辺りにいるから」
「わかりました! 行ってきます!」
ロンキドさんと俺と一緒に白狼族の件に関わっているルカだから、説明もスムーズだろう。
近くに酒場兼食堂があるので、そこで休もう。俺とディー、イラは、テラス席に陣取って、お茶を注文した。
腰にさしていたショートソードを立てかけ、席に座る。さて、状況を聞いても大丈夫なのか、不安ではあるが、ディーにとりあえず声を掛けよう。すっかり落ち込んでしまっているディー。
「――戻った時は、誰もいなかったのか?」
コクン、と小さくディーが頭を上下させた。
「ニオイが……」
「臭い?」
「村を襲った人たちと同じニオイが……しました」
白狼族の村。黒い装備をまとう武装集団――
「白狼の魂を狙っていた奴らだな」
「ヴィゴ様、白狼の魂とは……?」
イラが尋ねてきた。お前はあの場にいなかったもんな。知らなくても無理はない。
「魔王の欠片らしい。大昔の魔王の体をバラして封印したとかいうやつ」
「魔王……!?」
そりゃいきなり魔王と言われてもビックリするよな。俺は、ディーを見やる。
「奴らに、白狼の魂を奪われた……?」
「いえ、一度狙われているので、長は、ボクらにも知らない場所に預けたと言っていました。だから……家には白狼の魂はなかった」
しゅんと、俯くディー。だが突然、顔を上げた。狼耳が立ち、大きく目を見開く。
「!?」
「……どうした?」
「うし、ろ!」
後ろ――とっさに振り返りつつ立つ。ガタンと椅子が揺れ、立てかけていた剣が倒れた。
男がすぐそこまで近づいていた。マントを身につけたその男は、いかにも旅の戦士という格好だったが、そいつは俺が取るより早く俺のショートソードを収めた鞘をひったくるように奪った!
「は……!?」
男は剣を抱えるように持つと、一目散に逃げ出した。
「ちょ……待てっ!」
泥棒かよ! 俺のだぞ! 王都住民たちの中に紛れるように逃げる男。俺は追いかけるが、そこに別の男が立ち塞がった。
ナイフを抜き、こちらを牽制してくる。こいつ剣泥棒の仲間だな!?
俺は丸腰――ってわけでもないんだなァこれが! 手に雷をまとう。ナイフの男は、電撃が弾けた音に、目を見開く。
「サンダーバインド!」
手に持った電撃がナイフの男を感電させて、その場に膝をつかせる。その顔面に一発パンチ!を打ち込んで倒す。
「……くそっ。見失った!」
俺の剣を盗んだ奴は、王都の雑踏に消えた。
「ヴィゴ様! ご無事ですか!?」
イラがやってくる。俺は倒れているナイフ男の襟を掴んで引きずる。
「俺は無事だけど、剣を盗られた。……まあ、ボロのショートソードだけど」
魔剣は家に置いてきた。そもそも今のが魔剣だったとしても、人間に超弩級重量剣を持つことはできないだろうが。
「ヴィゴ、さん……」
ディーが青い顔で、俺が引きずる男を見下ろした。
「この人間……あいつらのニオイが、します」
「あいつらって……? まさか、あの黒の連中か!」
ただの物盗りじゃないってことか。武器泥棒が本職じゃあないだろうに。……とすると、俺が魔剣使いと知ってのことだったら、狙いは魔剣ダーク・インフェルノか。
まあ、ただのショートソードと魔剣の区別もついていないみたいだけどな。
「厄介な連中が動いているな」
俺は、意識を失っているナイフの男を見た。
「こいつから、話を聞き出さないといけないな。いろいろと」
・ ・ ・
その後、ルカがロンキドさんと冒険者数人と共にやってきた。俺はロンキドさんにディーの件と、例の黒い一団が関与していること、そしてつい先ほど、魔剣狙いと思われる連中の仲間を捕まえたことを伝えた。
「こいつか」
ロンキドさんは、拘束されているナイフの男を冷淡に見下ろし、連れてきた冒険者に命じた。
「こいつをギルドへ連れていけ」
表情こそ淡々としていたが、その声には明らかに怒りが含まれていた。
「白狼族の家に行く。ヴィゴ、一緒に来てくれ」
「了解です」
かくて、俺たちは、白狼族が使っていた借家へと行くことになった。そこで凄惨な虐殺跡を目の当たりにすることになる。
回収される遺体を見つつ、俺の中でフツフツと怒りが込み上げた。白狼族に友人がいるわけではないが、改めて思った。
「仇はとってやる……!」