王都のとある場所、その地下室に複数の男たちがいた。片や黒い衣装、もう片方は白い衣装。テーブルを挟んで向かい合う。
その両者の間、上座に座る男は口を開いた。
「諸君、いよいよ事態は切迫してきているぞ」
「ボーデン様、また本国の連中が何か?」
黒い衣装のひとりが言った。ボーデンと呼ばれた上座の男は、自身の灰色になった髪を撫でた。
「魔王の欠片を早急に集めろ、と発破をかけてきおった」
「本国では魔王を復活させ、その力で世界を支配しようと考えている連中が増えているとか」
「魔族の差し金だ。明らかに魔族が我が国の中枢に食い込んでおる」
白い衣装の者たちが苦々しい顔になる。ボーデンは表情を引き締めた。
「このままでは、帝国は魔族の干渉により支配され、世界を崩壊に導くやもしれん」
「魔族に魂を売った売国奴を、このままにしてはおけますまい」
黒い衣装の年配者が言った。
「世界を制するのは、人間でなくてはなりません。魔族どもの好きなようにはさせてはならない」
「左様」
白い衣装の男は頷いた。
「魔王の欠片は、我々が運用し、大陸統一を、果ては世界を制しなくてならない」
一同は頷いた。世界を支配するのは、魔族ではなく帝国である。
「それで、欠片――『白狼の魂』は見つかったのか?」
「王都に潜伏している白狼族のアジトを捜索したが、見つからなかった」
黒い衣装のひとりが報告すると、白い衣装の一団は顔をしかめた。
「見つからなかった?」
「どうやら、王城に運び込まれて厳重にガードされているらしい」
「馬鹿な!」
白い衣装のひとりが気色ばむ。
「王城に、そのような動きはなかったぞ?」
「つまり、城にいる人間のほとんどが気づかぬうちに秘密裏に管理しているのだろう」
「キール」
ボーデンは、白い衣装のひとり、金髪碧眼の男を見た。
「王城は貴様の管轄だ。調べよ」
「ハッ!」
キールと呼ばれた男は頭を下げた。
黒い衣装の男がボーデンを見つめる。
「ボーデン様、例の魔剣の件ですが……如何いたしますか?」
「ヴィゴ・コンタ・ディーノか」
「若き英雄、豪腕の魔剣使い……」
「今でも信じられません」
白い衣装の男は険しい顔になる。
「カラコルム遺跡で我々が入手しようとしたが、ビクともしなかった……」
「魔剣に選ばれた男なのだろう」
ボーデンは言った。……実は、選ばれたわけではなく、持てるスキルの効果なのだが、彼らは知らない。
「大型邪甲獣を倒すほどの魔剣、ダーク・インフェルノ」
黒い衣装のひとりは唸った。
「魔王復活を企む者たちを黙らせるためにも、あの魔剣は手に入れておきたいところですな」
「しかし、あの剣は持てないぞ?」
「台座に仕掛けがあって外せなかっただけではないのか? かの魔剣は千年前に、その力を危険視され封印されたと聞く。その封印が解かれたのだ。今なら持てるのではないか?」
ボーデン様――黒い衣装のひとりが立ち上がった。
「我ら、黒の団が、そのヴィゴとかいう男から魔剣を手に入れて御覧にいれます」
「やれるか? 邪甲獣を苦もなく撃破する手練れだぞ」
「それも魔剣の力あればこそでありましょう」
黒い衣装の一団は、薄く笑みを浮かべた。
「正面から戦わず、町中で奇襲すれば、容易に始末できるでしょう」
「うむ。では任せるぞ」
「ははっ、必ずや」
黒い衣装の男たちが頭を下げ、対して白い衣装の男たちは苦い顔になる。
ボーデンは席を立った。
「我ら人類の未来のために!」
『人類帝国、万歳!』
男たちも立ち上がり、声を上げた。
・ ・ ・
「……そんな」
白狼族の治療術士、ディーは愕然とした。
自分が組んだパーティーは、ディーを残して全滅した。ハクも、シラネも、アオガも、皆死んだ。
仲間たちからは臆病者となじられ、一族からも冷ややかな目を向けられていた。誇り高き白狼族にあって、『臆病者』は最低と同義である。
おめおめ自分だけ生き残ったこと。滅ぼされた村にかわり、王都カルムに仮の拠点をもらった白狼族の生き残りだったが……。
その拠点の中は地獄と化していた。
住んでいた老人も子供も、そして冒険者となり日銭を稼ぐ若者たちも、みな殺されていたのだ。
――ボクは……ボクは……!
ひとりになってしまった。
仲間たちからどれだけ嫌われようとも、自分を残して皆、死んでしまうなんて――
ディーはひとり泣いた。
ただ泣いた。泣き続けた。誰もいない。誰も応えない。
どれだけ泣いたか。やがて、ディーは泣きながらその場を後にした。白狼族を王都に導いてくれたロンキドに、ここのことを伝えないといけない。
その思いで、王都を歩いた。周りに王都の人間がいたが、誰も声を掛けてこなかった。それでいい。どうせうまく説明できない。
悲しくて、悲しく、泣き続け、トボトボと歩くディー。その時、滲む視界の中で、人間が立ち塞がった。
「大丈夫か?」
声を掛けられた。しかもその声は――
「お前、この前の白狼族じゃないか?」
――ヴィゴ。
その名前がディーの脳裏をよぎった。確か、そういう名前だ。
「ヴィゴさぁぁん!」
次の瞬間、顔を知っている人に会えた安堵感から、ディーはヴィゴの胸に飛び込んだ。