ルースと別れ、俺とイラそのまま家に帰った。
シスター服のイラは俺に身を寄せたまま。俺も彼女の肩に手を回したままだったが、家につく頃、ようやく離れた。
「……俺、嫌な奴だったか?」
「いいえ」
イラは首を横に振った。
「貴方には、彼を非難する権利があります。容姿の良し悪しで追放されたのです。貴方に落ち度などなかった」
「そうか。イラはどうだった? 一発くらい、あいつをぶん殴りたかったんじゃないか?」
冒険者の流儀。裏切り者には制裁を。パンチ一発はむしろ軽いほうだが。
「いえ、ルースの衝撃を受けた顔を見られたので、満足です」
戦場で見捨てられたことを思えば、本当なら殺したいほど憎んでもおかしくない。……まあ、あれだけボロボロのルースを見てしまうとな。
あいつは再起できるだろうか? 冒険者ギルドに顔を出したとしても、懲罰が待っている。装備も金も家も仲間もなくして、ひとりでどうやって生きられるだろう……?
「ざまあみろ、というやつです」
イラは言った。そうだな……。俺は頷いた。
「ざまあ、だな」
俺たちは門を抜けて、帰宅した。
・ ・ ・
居間を通り、1階テラスへ行く。庭にアウラがいたのを見たから、イラの件の報告をしようと思ったのだ。
「おおー」
芝が綺麗に整えられていた。だが木で出来た、アウラ曰く玩具がいっぱいあって、むしろ目には賑やかだった。
「お帰りなさい、ヴィゴ」
「何かいろいろあるな」
「紹介するわ」
ドリアードの魔女さんは、自分の作品を俺に見せた。
木で出来た人形が数体。鎧とか飾れそうなラックを人型にしたようなそれは、『木人』という。
「ゴーレムみたいなものね」
難しいことはできないらしいが、複雑でない作業なら助手代わりに使えるそうだ。
そして木で出来た馬型。……文字通り、木馬。
「乗り物になるかなって思って」
そう言うと、アウラは木馬の背に飛び乗った。
「この背中の太さが難しいのよ。どうやったら楽に座れるか。ヴィゴは三角木馬って知っている?」
「なんだって?」
「三角木馬。拷問道具なんだけどね。あれ先端が尖っているから上に乗るとキツイらしいのよ」
「だから……?」
「適度に大きくないと座れないってこと。かといって大き過ぎたら、それはそれで座りにくい」
トコトコと木馬が庭を歩き出した。サイズがこの辺りでは一般的な馬はあるので、自然とアウラを見上げる格好になる。
「普通に鞍を乗せるのがいいんでしょうけど、その鞍に合うサイズがないとね」
うーん、と木馬に乗りながら、アウラは腕を組んでいる。
「手綱っていらないの?」
「ああ、ワタシは念話でこのコを動かしているからね。でもそうね、アナタやルカが乗る時は、手綱での意思疎通も必要かも」
大きさはともかく、見た目が木の玩具っぽい。これに町中で乗るには少し勇気がいるかもしれない。
「でも、遠出する時の足にはなるな」
馬を飼うというのは手間も掛かるし、手に入れるのはもちろん、維持する食費なども馬鹿にならない。その点、アウラの作る木馬は、非常に楽に運用できそうだった。
「ただ、問題は、俺は馬の乗り方を知らない」
「そうなの? ま、そうね。貧乏人は馬に乗る経験ないかも」
「言い方ァ!」
馬に縁がなかったのさ。アウラは、念話で動かしたというが、ある程度馬の知識がないと、こういうものは再現できないだろうから、普通に乗れるんだろうな。
上級冒険者ともなれば、馬くらい乗れないといけないのかな……。
「そういえば、ルカは馬に乗れるみたいだった」
亀型邪甲獣を倒した時、俺は彼女の操る馬に乗せてもらうことで、その足もとへ近づくことができたんだ。
「一応、馬車も考えてみたのよ」
ドリアードらしく、木をふんだんに使った馬車もどきがあった。屋根のない荷車タイプや、屋根付きだが側面が空いている馬車などが、デンと並んでいる。いろいろ置いてあるように見える原因は、それだ。
「……馬車じゃないものも混じってるな」
でかい木製の亀があった。馬車サイズのそれは、ご丁寧に甲羅の部分が、馬車のように乗れるようになっている。
「亀?」
「いちおう地竜をモデルにしているんだけどなー」
ぷくっと、頬を膨らませるアウラ。ドラゴンの仲間だったらしい。亀などと言ってすまない。
しかし四つ足で、甲羅のような背中を見れば、誰もが最初は亀って思うでしょう。
「ヴィゴさーん!」
おっ、門のほうからルカの声がした。背が高い彼女は庭を囲む壁より頭ひとつ高い。
どうぞ、と中へ招くと、俺に向かって頭を下げた。
「アウラさんに誘っていただいたのですが、私もこちらに住んでもよろしいですか?」
そのことか、うん。
「部屋はあるから、ルカさえよければいいよ」
「ありがとうございます! それではお世話になります!」
「いえいえ、こちらこそ」
丁寧な態度だと、ついこちらもそうなってしまうのは何故だろうね。
「あ、そうそう。実は、もうひとり、うちのパーティーにメンバーが入ったんだ」
「新しい人ですか?」
当然、初耳だったルカは驚いた。
「ヒーラーだね。君も昨日会ってるクレリックのイラだ」
そう言ったら、「あー」とすぐにルカは察したようだ。リーダー逃亡、負傷者だらけで、パーティーとして壊滅したと言っていいシャインの、唯一のメンバーだったからね、イラは。脱退手続きは済ませたらしいけど。
ルカが神妙な表情を浮かべた。
「あんなことがあった後ですからね……」
「それもあるけど、彼女は個人的に俺に借金があって、その分、ここで働いて返すんだって」
「そうなんですか……」
「ん? 何か気になることでもあるのか、ルカ?」
「別に……」
ルカは俺をじっと見下ろした。
「ヴィゴさんって、優しいですよね」
うん? 何か含みがあるような言い方に聞こえた。ひょっとして、ルカさん、勝手に決めたから怒ってらっしゃる?