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第38話、とある冒険者の行動


 冒険者パーティー『シャイン』の経済状況は、日を追うごとに悪化していった。リーダーであるルースの苛立ち、いや焦りも強くなっていた。


 何故、うまくいかない?


 邪甲獣ダンジョンでは、大物である邪甲獣と遭遇できない。


 他のクエストも並行して遂行してこなすものの、魔物の体内から素材を回収するのが得意なものがいないため、稼ぎは日々の食費程度にしかならなかった。


 余裕がなければ、宿の宿泊費で資金は消えていく。


 パーティー内のムードは悪くなる一方だった。


 そして仲間の装備で不要なものを売って当面の活動資金を増やそうという案が出たことで、喧嘩に発展。堅物騎士のナウラが脱退した。


『こんな者たちとやっていけない』


 5人から4人に。しかし金は減る。焦っては何にもならないと、仲間たちの頭を冷やすために一日休養日を設けた。


 最初は、知り合い冒険者から金を借りようと思ったのだが、普段の言動が災いして、ルースは人に頼むことができなかった。


 そして不運は重なる。たまたま休養したその日に、ダンジョンに邪甲獣が群れで現れたのだ。


 何故その時、自分たちはダンジョンにいなかったのか! ルースは本気で悔しがった。邪甲獣を仕留めた連中は、それで稼いだ。自分たちが出掛けていれば、今頃稼げたのに――冒険者に多数の死傷者が出た点はルースの目に入らなかった。


 何より屈辱だったのは、またしてもヴィゴが活躍して、邪甲獣を倒したことだ。最近クエストもあまり受けていない様子だったのに、なんでたまたまアイツがいったら邪甲獣と出くわすのか。


 追放していなければ、稼ぎは自分たちのものだったのに!


 まさしく崖っぷちであった。


 そこへ邪甲獣が出たという目撃情報がギルドの掲示板に上がっていた。しかも未知のタイプらしい。これは倒せば見返りが大きい!


 獲物は、ダンジョンではなく、王都より南にある丘陵地帯にいる。


 ルースは、パーティーメンバーを集めて、この邪甲獣討伐に出かけた。


 前衛のナウラはいなくなったが、前は自分と遊撃のアルマ。後衛には攻撃魔法のエルザ、回復サポートのイラでバランスは取れている。


 やれるはずだ。もう、これ以上失敗はできないのだ。


 かくて、『シャイン』は王都カルムを離れ、南方向の平原を進み、丘陵地帯へと足を踏み入れた。


 平らな平原のようにも見えて、高低差があるので、反対側が見難く、何がどうなっているのかわかりにくい地形だ。


 一度高い場所から周囲を確かめ――


「いた!」


 かなり先の稜線に黒い大きなものがチラリと見えた。まるで蛇がうねっているように見え隠れしている。


「やるぞ!」

「絶対倒してやるんだから!」


 皆の士気は高かった。


 戦闘の音が聞こえた。すでに先に来て、戦っている奴らがいるのだ。先を越されてたまるか! ルースは駆けた。


 しかし、思ったより距離があった。現場に到着した時、軽く息が切れていた。


 とある丘陵の裏側。そこは岩がむき出しになり、さらに無数の穴が開いていた。そこには数人の獣人の戦士がいて、甲虫と呼ばれる丸い大型虫をさらに巨大化したような黒い魔物が複数いた。


「……こいつが邪甲獣?」


 思っていたより小さい。高さは1メートル半、全長は2、3メートルくらいだろうか。頭と背中が石のような装甲をまとっているから、邪甲獣だと思うが。


「こんなのじゃ、報酬も大したことないかもね!」


 エルザが口を尖らせる。それはルースも思った。邪甲獣はもっと強そうなものだと思っていたのだが、正直拍子抜けだ。


「が、当分の宿代くらいにはなるだろうな」


 ルースは魔法剣を抜いて、邪甲獣の一体へと駆ける。


「エルザ!」

「まっかせて! 炎の槍!」


 ファイアランスの魔法が炸裂する。短詠唱がこなせる優秀な魔術師であるエルザ。彼女の魔法が炸裂し、燃え上がる邪甲獣。


「ルース!」

「よし、トドメを刺してやる!」


 炎上する魔獣に肉薄する。その時、白い毛並みの獣人の戦士が叫んだ。


「バカ! 迂闊に飛び込むな!」


 炎の中から、邪甲獣の頭がひょっこり覗いた。馬鹿め! 僕の剣で貫いてやる――しかし、次の邪甲獣の口がパカリと開き、何かが飛び出した。


 右目が闇に包まれた。同時に顔と首の肌に付着したそれが激烈な痛みとして襲った。


 ルースは絶叫した。



  ・  ・  ・



 痛い! 痛い! 痛い! 


 どれくらいのたうっただろうか。頭の中が真っ白になり、苦痛が脳を支配した。

 気づけば地面の上を転げ回って、その後、女に膝枕された。


「痛い! 痛いッ!」


 涙でにじむ視界、シスターのシルエットが浮かぶ。イラだ。


「ヒール!」


 治癒魔法を掛けてくれている。痛みが少しだけ引いてきた気がする。まだ痛いのだが、周囲の音が聞こえてきて、自然と顔を上げた。


「いやあああっ、いやああっ! あああああっ」


 泣き叫ぶ声はエルザだ。ぼんやりした左目の視界に、巨大甲虫のような魔獣に追い回されている仲間の魔術師の姿が映った。


「エルザ……ッ!」


 まだ耳がおかしいのか、ルースの声もくぐもっていた。


「動けますか、ルースさん?」


 イラの声がした。彼女はルースを下ろす。


「もう寝ている余裕はないですよ。……アルマさんが――」


 見えない右目あたりを手で触りつつ、左目でそれを見た。甲虫型邪甲獣より遥かに大きな大蛇型邪甲獣が、アルマと思われる女戦士を吹き飛ばしていた。まるで石ころのように落ちて、そのままピクリともしない女戦士。


 ――嘘だろ! アルマっ! アルマァ!


「ルースさん!」


 イラが呼びかける。


「立ってください! 死にますよ!」


 甲虫型邪甲獣が近づいてくる。クレリックのイラが擲弾筒てきだんとうと呼ばれる魔道具を邪甲獣に撃ち込んだ。


 爆発、ひっくり返る邪甲獣。


「ルースさん、今のうちにこいつにトドメを……えっ……?」


 イラは振り返りゾッとした。


 ルースは剣も捨てて、逃げたのだ。


「……ウソでしょ」


 シャインのリーダー、ルースは逃げた。怖かった。あのままいれば自分も死ぬ。――死ぬ! 死ぬ! 嫌だ! 死にたくない! 僕は死にたくないっ!


 走った。脇目も振らず。自分を助けてくれたイラや窮地の仲間を見捨てて。一緒に逃げようとすら声も掛けずに。

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