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第37話、名より実


「……新しいメンバーか」


 グフ・ロンキドさんは眼鏡のズレを直した。例によって、ギルドマスターの執務室に通された俺たち。さすがに椅子が狭くなってきた。


「どうも~、アウラ・ドリアードと申します~」

「……」


 しばし無言のロンキドさん。アウラさん、ルシエールの名前を出さないつもりらしく、ドリアードと名乗ったけど、これ大丈夫なのかな? 確かにドリアードに転生したけど、まんま過ぎない?


「ルシエール師匠」

「な、何のことです~?」


 ロンキドさん、正体を見破った模様。アウラは誤魔化そうとしているが――


「ルシエール婆さん」

「誰が、ババアだ! あ……」

「あなたの纏う魔力は隠せませんよ、ルシエール師匠」


 淡々とロンキドさんは応じた。アウラは座り直して、そっぽを向いた。


「つまんなっ。十何年ぶりに会ったのに、アンタは驚きもしない」

「いや、驚いていますよ。だってアナタ、天寿を全うされたのではなかったのですか?」


 どういうことです、とロンキドさんが当然の質問をしたので、アウラは、簡単に転生したこととここ十年の話をした。


「だいたい了解しました、アウラ。ルシエールの名は隠すという方向で。ついでに妻たちにも黙っておきます」

「そう? ヴァレには会いたいところなんだけど」

「やめてください。彼女が失神します」


 ロンキドさんの切実な顔に、アウラとヴァレさんの間に何があったのか気になった。相当、面倒な師弟関係だったのかもしれない。


「で、本題に入るんだがな、ヴィゴ。お前たちのパーティーに調査依頼をしたい」

「ギルドからのご指名ですか」


 Cランク如きに指名が入るのも珍しいが、それなりに評価されているんだろうな。


「もしかすると、また邪甲獣絡みかもしれんのでな。邪甲獣退治のプロにお声を掛けたというところだ」

「邪甲獣退治のプロ? 俺はそんなんじゃないですよ」

「すでに特級の邪甲獣を仕留め、さらに先日は複数体の邪甲獣を撃破した。討伐数でも、お前は我々が知る冒険者の中でトップだ」

「アナタたち、邪甲獣を倒したの?」


 知らなかっただろうアウラが言った。ルカが頷く。


「はい。ほとんどヴィゴさんが、ですが」

「――王都カルムから南へ行った丘陵地帯に、邪甲獣と思われる巨大生物の目撃例があった」


 ロンキドさんは言った。


「先日、お前たちが倒した蛇型に類似しているようだが、大きさが違う」


 何でも、平原の一定範囲を縄張りにしているらしく、そこへ近づくと地中から襲われるそうだ。


「地面の下から?」

「現場あたりは、大きな穴だらけになっているそうだ」


 近づくと襲われてしまうので、正確な情報はわからないらしい。今ある情報は遠くから、たまたま目撃した冒険者の報告らしい。


「調査依頼ではあるが、邪甲獣であるならそのまま討伐してくれると助かる。どんな敵だったとしても、不意打ちさえ避けられれば、お前の魔剣で一撃だろうが」


 6万4000トントォンパワーでイチコロである。ロンキドさんの言うとおり、奇襲さえ防げれば、勝機はある。


「行ってくれるか?」

「わかりました。やりましょう!」


 大物相手となれば、仕留めればランクアップの評価に繋がる。Sランクにふさわしい冒険者になって、モテる男になってやるぜ!



  ・  ・  ・



「あの、ヴィゴさん、アウラ、ちょっといいですか?」


 ギルドフロアに戻った時、ルカが挙手した。


「どうしたん?」

「一度、冒険者宿に戻っていいでしょうか? 邪甲獣が敵かもしれないなら、装備を取ってきたいので」

「ああ、いいよ」


 敵が生半可な攻撃じゃ歯がたたない邪甲獣だ。もし選べるなら、出来るだけ強力な武器が欲しいところである。


 しかし、ルカの装備は見たところ、いつものロングソードと大弓だ。まだ何か武器を持っているのだろうか?


「じゃあ、ワタシたちはここで待っているから、取っておいで」

「行ってきます」


 ルカが冒険者ギルドを後にした。アウラが俺に腕を絡めてきた。よ、横乳!


「待っている間に、ギルドを見て回りましょ。久しぶり過ぎてわかんないから」

「ああ、そうだね」


 冒険者の男どもの視線が何故か刺々しいのは気のせいか。美女様と腕を組むなんて、これは男女の親密さを表す行為。実はきていた俺のモテ期! だが残念、この人はドリアード! 人間ではないッ!


 ルカを待っている間、アウラと掲示板を眺める。


 邪甲獣ダンジョンの話をしたり、王都カルムを襲った巨大邪甲獣の話をアウラに話しておく。


「こうも邪甲獣が立て続けだと、魔王の存在を疑いたくなるわね」

「邪甲獣と戦ったことは?」

「ない。ワタシが現役だった頃は、伝承でしかその存在を知らなかった」

「邪甲獣の死骸、ダイ様の収納庫にしまってありますけど見ます?」

「そうね。一度は見ておいたほうがいいかもしれないわね」


 あれ、そういえばアウラの本体であるドリアードの木も収納庫の中のはずだけど、知らなかったんだな。


 というか、木だから収納庫に入れてたけど、生き物って入らないんじゃなかったっけ。植物判定された? 結構ガバいんじゃないか、ダイ様の収納庫って。


 とか考えているうちに、ルカが帰ってきた。たまたま通りかかった冒険者が「でけぇ」と声を漏らした。


 つか、ルカは気にしてるんだから、失礼だろ! ……と思ったんだけど、あれ、確かにちょっと背が伸びました?


「すみません。お待たせしました」

「へえ、装備って大剣なのね。いいじゃない? 背筋が伸びて」

「……」


 なるほど。背中に大剣を引っかけていたから、前傾気味の背筋が伸びて大きく見えたのか。というか……。


「でっかい剣!」


 ルカの身長に近いくらいの大剣だ。アウラもしげしげと剣を見る。


「魔法剣だね、これ」

「『ラヴィーナ』と言います。氷属性の魔法武器です」


 ルカは答えたが、ちらちらと周囲の視線を気にする。


「本当はあまりこれを使いたくないんですけど……」


 さらに高身長に見えるから? 自分の背の高さがコンプレックスみたいだからな、ルカは。


「でも、邪甲獣が相手なら、そんなこと言っていられませんから!」


 死ぬか生きるか。その瀬戸際で、身長どうこうなど関係のない話だ。以前、ロンキドさんがルカに『戦場でつまらぬ見栄を張ると、自分だけでなく仲間も殺すぞ』とか言っていたけど、これのことだったのか。


 前回の邪甲獣戦の後も、何か落ち込んでいたようだったし、ロンキドさんの言葉を痛感していたのかもしれないな。


「まあ、いいんじゃないか。今回も、生きて帰ってこようぜ」

「はい!」


 吹っ切れたようにルカは笑みを返した。

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