「……新しいメンバーか」
グフ・ロンキドさんは眼鏡のズレを直した。例によって、ギルドマスターの執務室に通された俺たち。さすがに椅子が狭くなってきた。
「どうも~、アウラ・ドリアードと申します~」
「……」
しばし無言のロンキドさん。アウラさん、ルシエールの名前を出さないつもりらしく、ドリアードと名乗ったけど、これ大丈夫なのかな? 確かにドリアードに転生したけど、まんま過ぎない?
「ルシエール師匠」
「な、何のことです~?」
ロンキドさん、正体を見破った模様。アウラは誤魔化そうとしているが――
「ルシエール婆さん」
「誰が、ババアだ! あ……」
「あなたの纏う魔力は隠せませんよ、ルシエール師匠」
淡々とロンキドさんは応じた。アウラは座り直して、そっぽを向いた。
「つまんなっ。十何年ぶりに会ったのに、アンタは驚きもしない」
「いや、驚いていますよ。だってアナタ、天寿を全うされたのではなかったのですか?」
どういうことです、とロンキドさんが当然の質問をしたので、アウラは、簡単に転生したこととここ十年の話をした。
「だいたい了解しました、アウラ。ルシエールの名は隠すという方向で。ついでに妻たちにも黙っておきます」
「そう? ヴァレには会いたいところなんだけど」
「やめてください。彼女が失神します」
ロンキドさんの切実な顔に、アウラとヴァレさんの間に何があったのか気になった。相当、面倒な師弟関係だったのかもしれない。
「で、本題に入るんだがな、ヴィゴ。お前たちのパーティーに調査依頼をしたい」
「ギルドからのご指名ですか」
Cランク如きに指名が入るのも珍しいが、それなりに評価されているんだろうな。
「もしかすると、また邪甲獣絡みかもしれんのでな。邪甲獣退治のプロにお声を掛けたというところだ」
「邪甲獣退治のプロ? 俺はそんなんじゃないですよ」
「すでに特級の邪甲獣を仕留め、さらに先日は複数体の邪甲獣を撃破した。討伐数でも、お前は我々が知る冒険者の中でトップだ」
「アナタたち、邪甲獣を倒したの?」
知らなかっただろうアウラが言った。ルカが頷く。
「はい。ほとんどヴィゴさんが、ですが」
「――王都カルムから南へ行った丘陵地帯に、邪甲獣と思われる巨大生物の目撃例があった」
ロンキドさんは言った。
「先日、お前たちが倒した蛇型に類似しているようだが、大きさが違う」
何でも、平原の一定範囲を縄張りにしているらしく、そこへ近づくと地中から襲われるそうだ。
「地面の下から?」
「現場あたりは、大きな穴だらけになっているそうだ」
近づくと襲われてしまうので、正確な情報はわからないらしい。今ある情報は遠くから、たまたま目撃した冒険者の報告らしい。
「調査依頼ではあるが、邪甲獣であるならそのまま討伐してくれると助かる。どんな敵だったとしても、不意打ちさえ避けられれば、お前の魔剣で一撃だろうが」
6万4000
「行ってくれるか?」
「わかりました。やりましょう!」
大物相手となれば、仕留めればランクアップの評価に繋がる。Sランクにふさわしい冒険者になって、モテる男になってやるぜ!
・ ・ ・
「あの、ヴィゴさん、アウラ、ちょっといいですか?」
ギルドフロアに戻った時、ルカが挙手した。
「どうしたん?」
「一度、冒険者宿に戻っていいでしょうか? 邪甲獣が敵かもしれないなら、装備を取ってきたいので」
「ああ、いいよ」
敵が生半可な攻撃じゃ歯がたたない邪甲獣だ。もし選べるなら、出来るだけ強力な武器が欲しいところである。
しかし、ルカの装備は見たところ、いつものロングソードと大弓だ。まだ何か武器を持っているのだろうか?
「じゃあ、ワタシたちはここで待っているから、取っておいで」
「行ってきます」
ルカが冒険者ギルドを後にした。アウラが俺に腕を絡めてきた。よ、横乳!
「待っている間に、ギルドを見て回りましょ。久しぶり過ぎてわかんないから」
「ああ、そうだね」
冒険者の男どもの視線が何故か刺々しいのは気のせいか。美女様と腕を組むなんて、これは男女の親密さを表す行為。実はきていた俺のモテ期! だが残念、この人はドリアード! 人間ではないッ!
ルカを待っている間、アウラと掲示板を眺める。
邪甲獣ダンジョンの話をしたり、王都カルムを襲った巨大邪甲獣の話をアウラに話しておく。
「こうも邪甲獣が立て続けだと、魔王の存在を疑いたくなるわね」
「邪甲獣と戦ったことは?」
「ない。ワタシが現役だった頃は、伝承でしかその存在を知らなかった」
「邪甲獣の死骸、ダイ様の収納庫にしまってありますけど見ます?」
「そうね。一度は見ておいたほうがいいかもしれないわね」
あれ、そういえばアウラの本体であるドリアードの木も収納庫の中のはずだけど、知らなかったんだな。
というか、木だから収納庫に入れてたけど、生き物って入らないんじゃなかったっけ。植物判定された? 結構ガバいんじゃないか、ダイ様の収納庫って。
とか考えているうちに、ルカが帰ってきた。たまたま通りかかった冒険者が「でけぇ」と声を漏らした。
つか、ルカは気にしてるんだから、失礼だろ! ……と思ったんだけど、あれ、確かにちょっと背が伸びました?
「すみません。お待たせしました」
「へえ、装備って大剣なのね。いいじゃない? 背筋が伸びて」
「……」
なるほど。背中に大剣を引っかけていたから、前傾気味の背筋が伸びて大きく見えたのか。というか……。
「でっかい剣!」
ルカの身長に近いくらいの大剣だ。アウラもしげしげと剣を見る。
「魔法剣だね、これ」
「『ラヴィーナ』と言います。氷属性の魔法武器です」
ルカは答えたが、ちらちらと周囲の視線を気にする。
「本当はあまりこれを使いたくないんですけど……」
さらに高身長に見えるから? 自分の背の高さがコンプレックスみたいだからな、ルカは。
「でも、邪甲獣が相手なら、そんなこと言っていられませんから!」
死ぬか生きるか。その瀬戸際で、身長どうこうなど関係のない話だ。以前、ロンキドさんがルカに『戦場でつまらぬ見栄を張ると、自分だけでなく仲間も殺すぞ』とか言っていたけど、これのことだったのか。
前回の邪甲獣戦の後も、何か落ち込んでいたようだったし、ロンキドさんの言葉を痛感していたのかもしれないな。
「まあ、いいんじゃないか。今回も、生きて帰ってこようぜ」
「はい!」
吹っ切れたようにルカは笑みを返した。