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第35話、あの木の正体


 気が付いたら、寝袋で寝ていた。


 せっかくベッドを買って部屋まで用意したのに、気づけば居間で寝袋にくるまっている。 ルカは一メートル離れたところで、やはり寝袋に入って眠っていた。可愛い寝顔。


 しかし何だろう。夜の闇の中、室内がうっすらとした緑色の光を浴びているような。……というか、何か体が重くね?


 寝ぼけ眼をこすり、上を見上げれば――人の顔があった。


「うわああっ!?」


 意外に近くてお化けが出たのかと思った。一瞬、武器を取るという考えが浮かんだが、すぐに消えた。


 緑色の長い髪の美女が、半裸で俺の寝袋の上に跨がっていた。これ何でーっ!?


「あら、起きたの? おはよう」


 美女は微笑んだ。見覚えがある顔。昼間、尾行していた魔術師っぽい緑髪の美人さんだ。彼女の長い髪が胸の膨らみの先端を隠している。……ひょっとして何も着ていない?


「あ、あ……あ……あ」

「どうしたの? 声が出ないのかしら」


 美女は体を倒して、俺に顔を近づけた。


「そんなに怖がらないで。……と言っても、貴方をどうするかは、貴方次第なんだれど」


 どこから入ったこの女。というか、警戒魔法は? ヴァレさんが設置してくれた警報トラップが作動しなかった?


 ちら、と視線をルカに向ける。さっき大声を出したはずだが、彼女は相変わらず可愛い寝顔をさらしてお休み中。


「……あんたは誰だ?」

「何に見える?」


 甘く囁くように緑髪の美女は言った。


「幽霊? 妖精? わるーい、お姉さんかしら?」


 身を起こす美女さん。一瞬、立派なお胸が見えるかと思ったが、髪がガードしている。それにしても綺麗だ。


 ……いや緊張感がないのはわかる。現に彼女にのし掛かられていて、俺は動けない。ピンチでもあるわけだが。


「まず、お姉さんにキミの名前を教えてくれないかしら? ワタシにだけ聞くのはフェアじゃないわ」

「……ヴィゴだ」

「ヴィゴ君ね。ワタシはアウラ」


 美女――アウラは名乗った。


「見てのとおり、ニンゲンではありません。ヴィゴ君は知っているかしら? ドリアードって」

「ドリアード?」

「木を司る精霊、とも言われているわね」

「精霊!?」


 俺、初めて精霊なんてものを見た。聞いたことはあるけど、フェアリーや妖精と違って、人間のいる環境じゃまずお目にかかれないって思っていた。


「木……って! もしかして、ここにあった木は」

「正解。ワタシの本体よ」


 アウラは、うーんと悩ましげに考えた。


「まさか本体を持ち運べるニンゲンがいるとは思いもしなかったわ。それでちょっと困ったことになっていてね。貴方に相談したくて現れたの」

「俺に相談?」


 昼間、俺とウィルを尾行していたのも、それ絡み?


「なに難しい話ではないわ。収納しているワタシの本体を外に出してほしいのよ」


 魔剣の収納庫に、あの木――アウラの本体を入れたままだった。


「出すのはいいけど、何でこの家の中にドリアードの木があったんだ?」

「だってここ、ワタシの家だもの」


 アウラは俺を見下ろした。


「ワタシはね、元々はニンゲンだったのよ。この王都では名の知れた冒険者で魔術師だった。アウラ・ルシエールってのはワタシのことよ!」


 え……? ルシエールって、ヴァレさんのお師匠だった。


「ルシエール婆さん……?」

「誰が婆さんじゃい!」


 ぐっ、と俺の顎を掴むアウラ。目が怖い、目が怖い!


「まあ、転生の秘術ってやつよ。ニンゲンだった体は限界だったから、転生の触媒にドリアードの木を使って、ドリアードそのものになったってわけ。わかった?」


 コクコクと頷く。顎掴まれているから喋れない。


「アナタが本体を収納してくれたおかげで、久しぶりに王都を回れた。それには感謝しているのよこれでも」


 顎から手が離れた。


「感謝?」

「ドリアードはね、本体からある程度の範囲しか動けないのよ。この家に本体があったから、ワタシはずっと……えっと、十年くらい? 離れることができなかったわけ」


 それで昼間は俺から付かず離れずの距離にいて、王都を散策していたわけね。本体は俺の魔剣の収納庫の中だから、その範囲内で移動できたわけだ。なるほどそういうことね。


「でも、俺がここに初めて来た時、ドリアードの木はなかった」

「その時は、庭にいたもの。ほら、立っていたでしょ? 家のすぐそばに」

「……ああーっ! それか!」


 初めて来た時、確かに家の外に一本、木が立っていた。で、二度目きた時に違和感を覚えたのはそれだ。外にあったはずの木がなくなっていたからだ。


 そしてその木は、家の中にあって、違和感が何かを考えることすら忘れてしまったけど。


「あれ、移動してね? 庭から家の中に」

「前世のワタシの転移術でね。ただし大きなドリアードの木を数メートル移動させるので精一杯。しかも魔力をたくさん食らうから、そう頻繁に使えないし」


 そうだったのか。何となく理解した。


「それで、とりあえず出してもらえる? 本体」

「わかった」


 俺は居間の半分、仮の板をよけて、ドリアードの木のスペースを確保。魔剣を取りに戻り、ダイ様に呼びかける。


「ダイ様、ドリアードの木を出してくれ-」

「ぬぅう、人が寝ておるというのに……」


 魔剣も寝るのか。という感想をよそに、ドリアードの木を元の場所に戻す。俺の横に立つ半裸美女は笑った。


「よしよし、これで魔力が回復するわ。アナタの収納庫、魔力がほとんど流れてこないから」

「うーむ、それでやたら眠かったのか……ってお主はなんじゃー!?」


 ダイ様がビックリしていた。アウラに今気づいたらしい。遅いよ。


 それにしても、結構大声出しているのにルカは起きる気配がない。図太いというか、これ野営した時、敵に襲われても反応できるのかね……?


「ああ、その子、ワタシの魔法で眠らせたから、朝まで起きないわよ、たぶん」


 アウラは胸を張った。


「伝説の魔術師は、伊達じゃないのよ!」

「だから、お主は誰なのだー!?」


 ダイ様が喚くのだった。

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