買い物の間、振り返れば例の緑髪の美女が視界のどこかにいた。
町の人とお喋りしたり、露店を覗いては冷やかしている。人当たりはよさそうで、誰かを尾行している雰囲気はない。視線が合ったら、美女はニコリとしただけで、近づいてくる気配はなかった。
俺のファンだったら、視線があったのを幸いと話しかけてくるなんてこともあるだろうが、それがないのなら違うのだろう。
そして尾行というのも違う気がする。こちらが気づいているのに、そのまま尾行するなんてあるだろうか?
しかし、ひと通り買い物を済ませて、家に帰るまで、振り返れば必ず彼女はいたのである。
だが、いざ家に到着した時、緑髪の美女の姿はなくなっていた。ウィルは周囲を見渡しながら首を振った。
「少し気味が悪いですね。何だったんでしょうか?」
「さあ。わからん。案外、この家のご近所さんで、たまたま買い物ルートが一致した可能性」
「……あの人、何か買った様子なかったですけど」
ウィルは溜息をついた。
「もう見当たらないですけど、一応、気をつけてくださいね」
「そうだな」
家に入ると、さっそくヴァレさんに報告。かくかくじかじか――
「それは不気味よね」
かつて宮廷魔術師だった魔女は腕を組んだ。
「侵入者通報と迎撃用の魔法トラップは仕掛けてあるから、侵入してくるようならわかるようになっているけれど……。どうする? 今日はうちへ来る?」
「あ、お構いなく。侵入者通報トラップがあるなら、大丈夫でしょう」
冒険者パーティー『シャイン』にいた頃、魔術師のエルザが同様のトラップ魔法を使っていたが、警戒ゾーンに未確認の存在が侵入すると大音響で知らせてくる。寝ていても叩き起こされるレベルだったから、万が一でも問題ないだろう。
「あの、ヴィゴさん。もし心配なら、今夜、私もここに泊まりましょうか?」
ルカが心配してくれた。いいなあ、この娘、俺に好意あるんじゃないの? っと、あんま調子に乗ってはいけない。勘違い野郎は恥ずかしいからな。
俺としては嬉しい申し出だが、いいのかな……? 男の家に彼女がお泊まりとか。いや、もちろん、手を出すとかそんなことはないのだが。
「そこまでしなくても、問題ないと思う。もし何か邪なことを考えているような奴なら、あんなあからさまに俺らの視界に入るわけないし」
バレなければ、こちらは警戒しなかった。俺たちに存在をわざわざ気づかせて襲撃するとは考え難い。偶然とは思えないが、少なくとも敵対する者ではないと思う。
ということで、買ってきた家具や寝具を並べて引っ越し作業は終了。ヴァレさんが晩ご飯を作ってくれている間に、何とルカが一度帰って、冒険者用寝袋などを持ってきた。
「私、今日はここに泊まります!」
「お、おう……」
心配性だなぁ。気持ちは受け取っておこう。せっかく用意までしてくれたんだ。無下にするのは男ではないだろう。
それに今、俺とルカは同じパーティー。クエスト中に一緒に野宿ということもあるだろう。配慮はするが、深く気にしてもしょうがない。
ヴァレさんとウィルが帰った後、俺とルカは就寝の時間まで一緒にいることになる。
・ ・ ・
「――へえ、お婿さん探しなんだ」
居間でルカとおしゃべり。はじめは改めてふたりっきりになると、何を話したらいいかわからなくて緊張したけど、身の上話してたら何となく打ち解けた気がする。
「そうなんです。成人したら、結婚相手を探す旅に出るのがドゥエーリの掟なんです」
ルカは成人したばかりだと聞いていた。
戦闘民族として知られるドゥエーリ族の出身であるルカ。しかし話を聞いていると、外部からの血をどんどん取り入れているように感じられた。
男と女も集落の外で相手を見つけて、連れてくる。だから血の濃さというのは案外薄いのかもしれない。共通しているのは、老若男女、みな戦闘員であること。戦闘民族などと言われる所以はそこにあるようだ。
「強い男を探しているってことか」
「そうなりますね」
俺なんかどう?――なんて、つい聞きたくなったが、どうなのかと思ってしまう。
ルカは顔立ちも可愛いし、スタイルもいい。性格もよさそう。唯一気になるのは、身長の高さ。
一般的に男女の身長は、男のほうが高い傾向にある。もちろん例外はある、というかすでに目の前にあるんだけれど、世間一般の目ってものがあるんだよね……。
「ルカがさ、お婿さんにしたいって男の条件ってあるの、やっぱり」
できれば自分の好みも入れたいというのが人の心。掟で相手を探せってことだけど、自分で探せるということは、選り好みできるってことでもあるわけだし。
「やっぱり、強い人ですよね。勇敢な人……それで優しい人ならいいな」
強い人ってのは、一族の伝統的に戦士であれ、ってことかな。勇敢な人ってのもわかる。優しい人というのは、これはルカの好みだろう。体は大きいけど、控えめなところもあるからねルカは。
「……あと、やっぱり私より背が高い人ですね」
はい、残念ー。俺なんてどう? なんて聞かなくてよかったー。あえなく爆発四散するところだったぜ。
「背の高い人なんだ」
「はい、私、背が高いので……」
自嘲するように俯くルカ。
「並んだ時のバランスとかありますよね? 男の人って背が高い女は嫌いっていうか、一緒に並びたくないみたいで」
自分の高身長にコンプレックス持ってるようだった。たぶん幼い時から、背の高さをいじられていたんだろうな……。
男って異性との身長差を結構気にするもんなあ。……俺も人のこと言えないけど。
特に小さい頃は、女子のほうが背が高かったりするから。もうその頃からルカはずば抜けて高かったんだろう。
どこか彼女が背中を丸めがちなのは、周囲から背の高さを突っ込まれたくないって思いなんだろうな。……あ、そういえば言われてたな。でかい姉ちゃんだの。
「ヴィ、ヴィゴさんはどうですか?」
ルカがあからさまに声のトーンを変えた。自分から話題を逸らしたかったのかもしれない。
「俺? 俺はモテないよ。毎日、神様にお祈りしたけど……ほら、どこにでもいそうな顔してるじゃん?」
「でも、ヴィゴさんって強いじゃないですか! 勇気もあって、優しいし……」
そこでルカは顔を赤らめる。
「わ、私はいいと思います」
俺に気があるの? 恥ずかしがりながらもそう言ってくれる彼女に、俺の胸の奥が熱くなった。照れが伝染したかもしれない。こんなあからさまな好意も珍しいから。
でも――
「あー、でも、ルカは背が高い男がいいんだよな……」
「あぁ……そう、ですね……はい」
しゅんとなるように小さくなるルカ。背のことがなければ、もしかしたらあったかもしれない。
俺と彼女じゃ、身長差があり過ぎるからな。彼女の言うとおり、並んだ時のバランスが悪い。でも彼女と釣り合いが取れる身長って2メートルくらいないと駄目だろう。
ま、お互い身長のことを気にしているから、相手としては失格なんだろうな。
残念だ。