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第29話、家探し ヴィゴの場合。ルースの場合


「初めまして、ヴィゴ・コンタ・ディーノ殿。シンセロ大臣閣下より、ヴィゴ殿の邸宅候補の案内を命じられました」


 楚々とした女騎士だった。長い黒髪に、凜とした雰囲気。初対面だが、その面立ちには覚えがある。


「私はカメリア・ロンキドと申します。今日はよろしくお願いいたします」

「あ、はい。ヴィゴです。よろしくお願いします」


 ロンキドってことは、ギルマスの娘か。なるほど、第一夫人のマリーさんの面影か。お母さんはショートカットだけど、娘さんはロングなんだな。


 歳は見たところ、俺より少し上かな? へえ、王国の騎士だったんだ。


「ヴィゴ殿の武勇の噂はかねがね。今日は案内役を仰せつかりましたが、光栄であります」

「いえ、はい、どうも……」


 何かクソ真面目そうな人だ。お母様方の誰とも似ていないなこれは。


「それでは参りましょう」

「はい」


 隙がなさすぎて、会話しにくいタイプだ。カメリアさんは、すこぶる美人さんなんだけど、ロンキドさんの娘というと、軽々しく声を掛けづらいというか……。


 とりあえず、まずは最初の家候補へと移動することになった。



  ・  ・  ・



 ルース・ホルバは冒険者パーティー『シャイン』のリーダーである。Bランク冒険者であり、見た目の華やかさもあり、彼の率いるパーティーは有望株として期待されていた。


 だが、ここ最近うまくいっていなかった。所属していたヴィゴを追い出してからは。


 王都を襲った邪甲獣によって、『シャイン』はパーティーホームと、それまで貯めていた資金、物資をロストした。


 残っているのは、自らが装備していたものと、クエスト報酬のお金が幾ばくか。


 次のパーティーホームを手に入れる金はない。しばらく金の掛からない冒険者宿で暮らしつつ、資金を貯めようとルースは考えていた。


 だが、これはすぐに潰れた。パーティーの美女たちが、ぼろい冒険者宿に住むのを拒否したのである。


 おかげで王都の一般宿に宿泊したのだが、これが安くない。5人もいれば、まあ当然かもしれない。


 それでもお金は稼がなくてはいけない。最近できた邪甲獣ダンジョンに行ったのが、これがまたしょっぱい。


 レアな邪甲獣とやらの討伐報酬は高く、それを狩れば、資金繰りも少し楽になる。だが、そう簡単に会えれば、誰も苦労しない。中々見つからないからレアなのだ。


 うまくいかない苛立ちは、次第に現れるようになる。


「アルマ、あんた実家が裕福なんでしょ。ちょっとお金借りてきなさいよ」

「エルザ、あなたの家、貴族じゃないですか。一度実家にご相談されてはいかがです?」


 残金の相談をしたら、これである。アルマは魔法騎士の家系、エルザは伯爵令嬢なのだが、家族と折り合いが悪く、双方とも家出状態。故にのこのこ家に帰れない身である。


「ナウラ、あんたは?」

「私は辺境出身だぞ。王都を出ることになるがよろしいか?」

「イラは?」

「わたしぃ、孤児院出なのでー、この歳ですから大人を泊める場所を提供はできませーん」


 ふんわりクレリックのイラは、笑みを絶やさなかった。修道女な服装からわかる、女性らしい肉感的な体つき。一見清楚ではあるが、行動は突拍子もないことをしたりする。


 ルースは、『明日、頑張ろう!』と言うことで、その日は収まったものの、翌日のダンジョン探索も空振りになると、空気は重かった。


 帰り際、ギルドで勧誘されまくるヴィゴの姿を見かけたことで、さらに気分が悪くなった。冒険者たちが集まって、ワイワイやってヴィゴを持ち上げているのは、当てつけのように感じられたのだ。


 その翌日、イラが別行動を取ると言い出した。


「すみませーん。わたしぃ、別途お金を集めて参りますので、冒険者業のほうは抜けまーす」


 これにはエルザらも『何を勝手を言ってるの?』と声を荒らげたが――


「だってぇー、お金ないと、わたしたちぃ、宿を引き払うことになるじゃないですかー。そうなったら野宿ですよ? の・じゅ・く。わたしは平気ですけど、エルザさんやアルマさんはそれでもいいんですかぁ?」


 野宿という、いよいよなフレーズを受けて、渋々エルザたちは承知した。


「ダンジョンで稼ぐから見てなさい!」


 そうエルザは息巻いたが、結局この日も収穫はなかった。邪甲獣とやら以外のモンスターが雑魚過ぎて、素材も何もなかったのが大きい。


 しかも、これまでモンスターの死骸から魔石を取り出していたヴィゴがいなくなったことで、パーティーの魔石回収率が極端に落ちたのが響いていた。


 汚れるのを極端に嫌うパーティーメンバーの意外な弱点が明るみに出た。ようやくそれに気づいたルースだったが、もはや後の祭りである。地味に稼ぎの屋台骨を支えていたのは、倒した魔獣から適切に素材や魔石を回収していたヴィゴだったのである。


 その日、またも空振りだったシャインメンバーだったが、別行動をしていたイラが、いつもの笑みを浮かべて待っていた。


「親切な人から、寄付をいただきましたー」


 おかげで、当分、宿代を心配することはなくなった。いったい誰から寄付があったのか、ルースはイラに聞いたが彼女は『知り合いです』とだけ答えた。


「ねえ、ルースさん」


 微笑みシスターの異名を持つイラは言った。


「せっかく、お金が入ったんですから、無駄にしないでくださいねー。ここで盛り返せないと、ヴィゴさんを追放したあなたが、最高にかっこ悪いリーダーってことになりますからねー。お願いしますよー」


 ルースは、この時ほどイラの笑顔が怖いと思ったことはなかった。


 そういえば、シャインの女性たちの中で、イラは他の3人と違って、ヴィゴに対して特に不満を口にしたり態度に出したりしたことはなかった。他の3人があからさま過ぎたということもあるが、それらと比べると、むしろヴィゴと親しげだったとさえ言える。


 かくて、再び輝きを取り戻すためにダンジョンへの探索やクエストに励むシャインだったが、大きな成果もなく、2週間が経過した。


 再びよぎる金欠のプレッシャー。もはやパーティーホームどころではなかった。このパーティーに余裕がなかった。ある一人を除いて。



  ・  ・  ・



「ここが3軒目となります」

「へぇ……」


 カメリアさんの案内で、俺は、その建物に目を細めた。


 ちょっと大きめの家だ。1軒が元貴族のお屋敷で、2軒目が元豪商の屋敷だったが、それらを比べると、小さくグレードも下がる印象だ。ただ先の2軒が広すぎて、明らかにひとり暮らし向きではなかったから、俺としては小さいこちらのほうがホッとする。


 それでも一般の民家と比べると充分豪邸だろう。庭が広く感じるのは建物の小ささ故か。外壁に囲まれた町であると考えれば、贅沢な部類ではないだろうか。


「ここは?」

「昔、有名だった上級冒険者が住んでいた屋敷と聞いています」

「冒険者なんだ」


 かなり年季が入っている建物だ。ひとりで住むには広いが、どうせお金を気にしなくていいなら、これくらい貰ってもバチは当たらないと思う。いつか嫁をもらって、子供ができたなら、多少広いほうがいいかもしれない。


「中も見ますか?」

「ぜひ!」

「わかりました」


 カメリアさんが門の鍵を開ける。庭を横切る。結構、草が伸びている。


 しかし、建物の雰囲気は気に入った。問題がなければ、ここにしようかな。

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