昨日は大いにご馳走肉を食らい、俺もルカも満足して冒険者宿に戻った。俺はお酒も少し飲んだが、あまりガバ飲みできるほうでないで、ふだん食えない高級食材肉だけで充分だった。
それで朝を迎えたら、王城からの使いが来た。王都防衛のセイム騎士団の長が俺に会いたいそうだ。
半日も掛かるまいと思い、了承した。
迎えにきた騎士殿がやたらを機嫌が悪そうだったのが目についた。二人組だったのだが、片方があからさまに不満そうで、『本当にこいつが邪甲獣をやったのか?』だの『何で俺が……』だのブツブツ言いやがった。
冒険者にあまりいい印象を持っていないんだろうな。まあ、俺から言わせてもらえば、王国の騎士だって、やたらと尊大で鼻持ちならないって印象があるから、どっこいだけどさ。
と、朝からあまりご機嫌ではない気分になりつつ、王城へ到着。前回一度きたから雰囲気はわかっていたものの、違う場所に通されたから、ついキョロキョロしてしまった。
「田舎者が」
聞こえたぞ! 小声のつもりだっただろうが、騎士への偏見がますます強くなった。
やがて、セイム騎士団、騎士団長の執務室へ通された。
金髪碧眼の美形が机で書類仕事をしていた。……くそ、ここにもイケメンが。服装からもこいつが騎士団長だろう。
その煌びやかなイケメンは、案内役の騎士を労うと下がらせた。騎士ふたりはビシリと敬礼したのち、正確無比な動きでほぼ同時に退出した。……俺、昔からこういうの自分じゃできないな、って思っている。
「よく来てくれた。私はレオル・フォンテ。セイム騎士団、騎士団長だ」
「ヴィゴ。ヴィゴ・コンタ・ディーノ。冒険者です」
面談席に移動して相対する。従者がお茶を運んできた。
「君の活躍は広く王都に広まっている。あの邪甲獣を、君は倒してしまったのだからね。王国を救った英雄、そう口にする者もいる」
「どうも」
今じゃだいぶ下火になったみたいだけど。いや、落ち着いてきたというべきか。
「単刀直入に言おう。ヴィゴ君、君を騎士団にスカウトしたい」
「……騎士団?」
「うむ。邪甲獣の襲撃で、王国は危機感を抱いている。古の魔王が復活するのではないか……」
ギルドでロンキドさんも危惧を抱いていたけど、王国でもちゃんを認識していたんだな……。
「――そうなった時、頼りになる者がいてほしい。我が騎士団は、精鋭を自負していたが、先の王都防衛の際、被害ばかり受けて、戦果を上げられなかったからね」
「騎士、ですか……」
そういえば、邪甲獣を討伐した後、騎士団の偉そうな人にも言われたな。勧誘されるかもって。
王都に住む男の子の憧れの職業といえば、冒険者よりも断然、騎士だったりする。王に忠誠を誓い、剣を持ち鎧をまとう花形の職業。
選べるなら、いつ死ぬかわからない冒険者よりも騎士を選べ、なんて言葉もある。決まった給金が出るし、老後の保証もあって、働きによっては土地ももらえる。
ただ、騎士になるのは条件がかなり厳しいため、なりたくてなれるような職業でもない。だからスカウトされたら、受けるのが正しい、というのが世間の見方だ。
俺が騎士か……。格好いい鎧をきて、若い娘たちから黄色い声援をもらう……。ああ、いいな。
しかし、俺は先ほどまでの案内役の騎士の態度を思い出す。露骨に冒険者を見下していた男。あんなのが同僚になるなんて、すこぶる嫌だ。
それにさっきの退出も見たけど、騎士って礼儀とか作法がいちいち決まっているんでしょ? 俺、そういうのヤなんだよねぇ。
そもそも俺が騎士の装備をまとったとして、レオル団長やそこらの騎士と一緒に並んだら……だめだ、完全に埋没する。
騎士になっても、俺じゃモテない。
「考える時間はありますか……?」
本当は即お断りしたいけど、騎士団長という肩書き相手に、若造の俺はちょっとビビっていた。
「もちろん、選ぶのは君だ」
レオルは、机に一枚の封筒を置いた。
「じっくり考えるといい。それで騎士団に加わると決めたなら、これを出してくれ。待っているよ」
次に王城へ来る時の紹介状のようだった。騎士団長名だから、城門で追い返されることはないよってやつだ。……たぶん次があるともわからんけど、もらっておこう。
「そうそう、シンセロ大臣が、君に来させるように言っていた。例の報酬の件らしい」
騎士団長は白い歯を覗かせた。
「行ってきたまえ」
・ ・ ・
大臣が来いなんて言うからビビってしまった。そういうことは予め言っておいてほしいものだが、仮に言われていたとしても緊張しただけだから変わらないかもしれない。
「……いや、すまんね。こちらも忙しいものでね」
ネズミのような小男だった。大臣なので着ている服装はどっしり重そうだったが、何とも小物くさい顔つきだった。頭頂部に髪はなく、しかし耳あたりの毛が逆立つほどたっぷりあって、それが余計にネズミっぽさを感じさせる。
「ヴィゴ君。まずは改めてお礼を言わせてもらう。君のおかげで、王都は守られた。私もあの邪甲獣の死骸を見たが、とんでもなく大きいな。とても人間が太刀打ちできるようなものではなかった」
見た目は人のことは言えないが、このシンセロ大臣、割といい人っぽく感じた。
「本来なら式典を開き、陛下から直接、褒賞を賜るところだが、残念ながら陛下は体調を崩されておってな。しかも邪甲獣の出現で、このところ慌ただしくなっているのでね」
魔王の復活かもー、って話だろうな。
「君には、前回報酬金を渡したが、あれは前金みたいなもので、今回正式に邪甲獣撃退の褒賞を与えることとする」
そこでシンセロ大臣の目が俺に向いた。
「陛下は、君に金以外に賞を与えたいと仰られた。何でもよい。ひとつ、君の望むものを王の名において与えるとのことだ」
「……!」
国王陛下が? いわゆる褒美というやつだな。ウルラート王国の王様直々に褒美を賜れるとか、それだけの功績を上げたってことだ。特に陛下と面識はないが、光栄な気持ちになる。
「何でもよいのですか?」
「建前としてな。可能な限りにおいては何でもだ。貴族の身分か? それとも美女か? 領地か? 税の免除か?」
貴族、美女……美女って提案は気になるところだけど、何をもって美女なのかわからんしなぁ。税金免除とかも悪くないが……。
ひとつだけでしょ? 迷うよな。今欲しいもので考えるか……。何が欲しい? 何が必要だ?
「家……」
「家?」
つい声に出ていた。
「あ、いえ。いま冒険者宿で生活しているもので」
「なるほど、家か。わかった。王都内でよいか? 土地も含めて王国が全負担で、よい家を用意してやる。家族はいるか? 何人が住む家だ?」
シンセロ大臣が紙を取り、筆を走らせた。つい呟いただけで、それが俺の要求のように受け取られて、ポンポン話が進んでいく。この人、やたら家推しするんだけど、何で?
「男なら、自分の家をもってナンボだからな。君にとってもよいステータスになるだろう」
……マジですか? 言われてみれば、そんなものかもしれない。