「よくもまあ、生き残ったもんだ」
「本当ですね……。ヴィゴさんがいなかったら、私、きっと死んでいた」
ルカが肩を落とした。
「いや、言っても一体倒したじゃん」
「……」
彼女は落ち込んでしまっている。あの邪甲獣の群れとの戦いに加わって生き残っただけでも儲けものだと思うけどな。……俺自身、死ぬかと思ったし。
終わってから震えがきた。まだ呼吸が荒れてるもん。
「おーい、倒した分の邪甲獣の死骸は回収したぞ」
「ご苦労さん、ダイ様」
魔剣様は俺たちが倒した敵をそのまま収納庫に放り込んだ。自称7100トン収納庫の容量から考えれば、砂粒みたいなものだろうけど。
「全部、拾わなくていいのか?」
「俺らが倒した分だけでいいよ」
他の冒険者が命を懸けて倒した分は、さすがに取れない。それは戦利品の横取りだ。
「それでも、俺ら何体倒したっけ?」
「六体だ」
「上出来でしょう」
ダンジョンに出てくる邪甲獣を狙ってはいたけど、複数なんて予想していなかったし。あの蛇の化け物を六体か。ようやったわ……。
ブーツが土を踏む音がした。見れば、俺たちのもとに生き残り冒険者たちが集まってきた。4……5人か。
「よう、あんた」
髭面の中年冒険者が声を掛けてきた。
「いま見ていたが、アイテム収納の魔道具持ちか? もし余裕があれば、あっちの死骸も運んじゃくれねえか? 倒したのに、持ち帰れねえからよ」
「ああ――」
俺が答えようとした時、別の若い長髪の冒険者が口を開いた。
「本当にアンタが倒したやつなのか?」
「あ?」
睨み合う冒険者たち。
「どういう意味だ、若造?」
「どさくさに紛れて、他人の倒したモノを持っていこうとしているのではないか?」
「冗談じゃねえ、あれはオレが倒したんだ!」
あー、なに、喧嘩とかやめてくれないかな。邪甲獣との戦いで忙しくて、誰がどうとか見ている余裕あんまなかっただろうからさ。
邪甲獣の死骸はあといくつ……? なに四つか。ひとりで二体倒したとかじゃなければひとり一体って割り振ろうかと思ったが、一体足りないか。
「なあ、あんた」
ひょろっとした槍使いの冒険者が声を掛けてきた。
「魔剣使いのヴィゴだろ? デカ邪甲獣を倒したっていう。……すっげえな。横目で見てたけど、大蛇どもをぶっ倒してたよな」
かなり軽い口調でまくし立てる。すると別の冒険者が苛立ちを露わにした。
「おい、お喋り。少し静かにしてくれ。仲間がやられて気が立ってるんだ!」
「るせぇよ。仲間が死んだのはおれんとこも同じだ」
ピシャリと言い放つ槍使いの冒険者。そうだよな……。ここにはもっと大勢冒険者がいたみたいで、戦っていた時も何人も犠牲になっていた。この生存者も、きっとパーティーを組んでいて、戦死したのだろう。
「……とりあえず、ここの邪甲獣の死骸すべてを運べる収納庫を持っている。俺たちが倒した以外の死骸は、残っているあんたたちでひとり一体でどうだ?」
「へえ、いいの? 太っ腹!」
槍使いの冒険者が唇を曲げて笑った。払った犠牲を考えれば、手ぶらで帰らないだろう。
「でも、ひとり一体って、残ってる死骸は一体足んねえみたいだけど」
「あれはオレのだぞ」
髭面の中年冒険者は、ひとつを指さした。途端に冒険者たちの間に剣呑な空気が流れる。仲間を失い、必死に戦ったのだ。成果なしでは腹の虫が治まらないだろう。
「足りない分は、俺らが倒した分から一体出すよ。それなら誰も文句はないだろう?」
「そりゃ文句はないさ。だろ、皆?」
槍使いの冒険者は率先して言った。何人かは何か言いたげな顔をする。
「おいおい、あんたら、ヴィゴさんがおれらの取り分を運んでくれるんだぜ? 感謝こそすれ、文句はいけねえ。だろ?」
それで他の冒険者たちは、同意するしかなかった。不満があったとしてもだ。槍使いの冒険者が名乗った。
「おれはチャルラタンだ」
「ヴィゴだ。あっちは俺の仲間のルカ」
「よろしく、でっかい姉ちゃん」
邪甲獣の死骸をダイ様がすべて回収。ついでに冒険者たちの遺体も回収しようかと提案したら、仲間を失った冒険者たちは頷いた。
あとは帰るだけだが、俺は、ひとりの重戦士に声を掛けた。邪甲獣との戦いの中、ルカが助けた奴だ。
「足、大丈夫か?」
「ああ、応急手当はした」
ゴルンという重戦士は苦い顔をした。歩くのがかなりしんどそうだ。
「なあ、早くこんなところ、おさらばしようぜ」
髭面の中年冒険者――アストゥが言った。
「またヤツラが現れたら厄介だ」
周りの冒険者たちが冷ややかな目をアストゥに向けた。
「何だよ。本当のことだろうが」
肩をすくめるアストゥ。ルカがゴランに手を貸そうとする。
「やめとけよ。そいつは重いぞ、ネーちゃん」
プレートアーマーを着込んでいるゴランである。一見しただけでも重いのが想像がつく。
「ルカ、俺が連れて行くから、警戒を頼むわ」
俺が代わって、ゴランを支えた。チャルラタンが首を振った。
「おーい、あんたが支えんのかよ。――たくっ……しょうがねえな。オレも手伝う」
「いや、大丈夫だ」
俺は小脇に荷物を挟むように左手でゴランを抱えた。ビックリするのはゴラン本人だ。重いという自覚があるのだろう。それを片手で持ち上げられたのが信じられなかったんだろうな。
「重いのを持つのは慣れてる」
「ほっ、さっすが。魔剣使いは伊達じゃねえってか。ははっ」
チャルラタンが笑った。持ち上げられたのは、魔剣じゃなくて、持てるスキルなんだがな!
俺たちはダンジョン最深部を後にした。帰りにもスパイダーやワームが現れたが、ルカや他の冒険者たちが片付けてくれた。
「すまねえ」
ゴランが詫びてきたので、「気にするな」と答えておいた。
帰りは全部登りである。俺だからよかったけど、確かにこの登りを、重装備の男を運んで帰るのは、相当しんどかっただろうな。
そして邪甲獣ダンジョンを脱出した。やれやれ、こんなハードなダンジョンだったとはな。