悲鳴が聞こえた。まだ何人かいて、邪甲獣と戦っているのだろう。しかし絶叫ばかり聞こえて、状況がよくないのを予感させる。
これ、やっぱ引き返したほうがよかったのでは……?
不安がもたげる中、しかし俺たちは進み続けた。そして見えてきた。最深部だ。
行き止まりである。とても広いその場所は、果たして巨大邪甲獣が眠っていたのか、はたまた最深部の壁が埋もれた影響で塞がったのか。
だが何か、大きなものが動いて、そこにいる冒険者を飲み込むのが見えた。
「大蛇……?」
地面を這っているのは巨大な蛇のような生き物。遠くからのシルエットだけでは大蛇の化け物くらいにしか見えず、邪甲獣と断定できない。
「ヴィゴさん! 敵は1体だけじゃありません!」
ルカが警告した。冒険者たちは散っていて、しかも複数の大蛇型と戦っていた。うん、見えていた。数がいるのは厄介だよな。
「俺が前に出る! ルカは援護を頼む」
「わかりました!」
場所が広いし、敵の動きも中々素早い。戦っている間に側面を突かれても気づくのが遅れるかもしれないからな。
誰かが光源を置いていたようだが、それでも全体的に暗い。土や岩を跳ね飛ばして大蛇が這いずっている。体長7、8メートルくらいか。速いぞ!
「わあああああっー!」
またひとり、冒険者が食われた。クソが! 俺は魔剣を手にその大蛇に肉薄した。黄色い眼がギロリと俺を見た、あの心臓を握るような圧迫感。だが、負けねえよ!
大口を開けて、牙を剥き出す大蛇が突っ込んでくるのを魔剣の一撃でズドン! 脳天から砕いて地面に縫いつける。
まず一体。
蛇のように見えて、体の部分部分で装甲板のようなものがついている。……ああ、こりゃ邪甲獣かもしれんな。
次を探す。冒険者数人で一体を取り囲んでいるが苦戦している。その周りに別の大蛇邪甲獣が集まり出す。
「そうはさせねえっての!」
俺の声に一体が反応した。だが頭は振り向いたが、体はすぐにターンできない。そこへ魔剣を叩きつけて分断。
ギギェェェッ!!
耳障りな悲鳴をあげ、分断された前半分がつんのめるように地面に突っ伏した。残り半分はそのまま進んで地面に転がるようにからまっていく。
「二体目! ダイ様、死骸、邪魔だから収納して!」
『承知した』
「ヴィゴさん! 右から――!」
ルカの声にとっさに反応する。猛スピードで俺のほうへ突っ込んでくる邪甲獣。
と、その右目に飛んできた矢が刺さった。ナイス、ルカ! 彼女の放っただろう矢によって、大蛇型邪甲獣の向きが変わり、俺への直撃コースからそれていく。
「いっただき!」
すぐ脇を通過する邪甲獣に断頭の一撃! 頭が宙に飛んで一回転して落ちた。砂が飛び散り、一瞬の煙たさに思わす咳き込む。
ダイ様が死骸を収納したのか、壁のようだった邪甲獣が視界から消えた。
「うわああーっ!?」
「いやーっ、あああっ」
悲痛な悲鳴、断末魔が聞こえる。大蛇型邪甲獣に食いつかれ、むさぼられる冒険者。まだ戦っている者もいるが、極少数だ。これ、全滅しちまうんじゃね?
大蛇型邪甲獣の一体が口を開けた。オレンジ色の光が口腔内に現れて――
「ブレスか!?」
俺は横に飛んだ。直後、邪甲獣のブレスがよぎり、地面を穿った。土砂が吹き飛び、またも視界をしばし妨げる。
「くそ、そんな飛び道具……ルカ!?」
晴れた視界。ルカは、助けを求める冒険者に駆け寄り、助け出していた。そこへ迫る大蛇。やばい、彼女がやられる!?
「んなくそっ!」
魔剣を投げた。風を凪ぎ、ダーク・インフェルノは、ルカと冒険者に迫った邪甲獣の側頭部に直撃。横っ面を6万4000トンが炸裂し、その敵の命を奪う。
しかし――
「ヴィゴさん!」
俺のほうに邪甲獣が向かってきていた。剣は投げてしまった。あるのはバックラーと初歩魔法のみ。
「サンダーショット!」
バチっと右手の先に電撃が走り、俺の手から放たれた。魔法は邪甲獣の額に命中――したのだが、止まらない!?
「効かない――」
突進を右へのローリング回避! あっぶねぇ! 起き上がり、通過する敵をどうしようと考えた刹那、プレッシャーを感じて振り返れば、別の邪甲獣がブレスを溜めて、俺へと口腔を向けた。
「!?」
オレンジ色の閃光が走った。俺は反射的に両手を前に出して庇ったが、手遅れであることを悟っていた。
バックラーもおまけの右手もブレスを防げず俺の体は吹き飛ぶか蒸発する。死ぬ――
……ん?
痛くない。もう食らったと思ったのだが、ひょっとして死んだ? まばたきした時、俺の右手が光を持っていた。手のひらを向けていたのが幸いして、俺は邪甲獣のブレスを持っていたのだ。
身構えたままのかっこ悪いポーズのまま固まる。動かしたら、手に持っているブレスが変な方向へ飛んでいってしまいそうだったから。
「そうだ、掴め!」
俺を右手の指をわずかに閉じると、ブレスは光のボールのようになった。そしてそこへ向かってくる大蛇に――
「お返しだ、馬鹿野郎!」
ヤケクソ気味にブレスを投げつける。口を開けて突っ込んできた邪甲獣の中にお返ししてやる。放つ時は逆流することなどないのだろう。俺の返したブレスの塊は邪甲獣の口の中を破壊し、その後頭部を四散させた。
「ルカ!」
彼女は、先ほど助けた冒険者を置き、ロングソードを構えて、一体の大蛇型邪甲獣と対峙していた。お互いに睨み合い、出方を窺っている。
俺は走る。俺の初心者魔法では邪甲獣の重装甲は破れない。魔剣を――あ、これでいいや。後頭部が破裂したように横たわる大蛇の死骸。こいつに触れて、持ち上げる!
本来なら人ひとりの力で持ち上げることは不可能なそれも、持てるスキルなら軽々よ。くっそ持ちにくいが、引きずっても構わない。どうせ小石と同じ、こいつをぶん投げるっ!
横合いから仲間の巨体をぶつけられ、もつれるように邪甲獣は倒れた。
「ヴィゴさん!」
起き上がろうとする邪甲獣だが、ルカは素早く駆け寄ると渾身の一撃で、敵の喉を切り裂いた。のたうつ邪甲獣はやがて力尽きて地面に頭をぶつけた。その反動で、ルカは尻もちをつく。
「大丈夫か、ルカ?」
俺が駆けつけると、ルカは青い顔をして、しかし何とか笑おうとした。
「な、何とか……」
半泣きなのは、やっぱ怖かったんだろうな。それでも何とか平静を保とうとしているのは、さすがは冒険者。
魔剣を拾って備えるが、向かってくる邪甲獣の姿はなかった。かろうじて一体が壁の穴へ逃げていくのが見えたが、もはや残っている敵は死体だけとなっていた。
何とか生き残ったな……。俺は静かに溜めていた息を吐き出した。