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第20話、己を知ろう


 持てるスキルについて、授けてくれた神様は教えてくれなかった。


 教会にお祈りを捧げる日課は続いている。感謝と共に、力についてご教授願いたかったが、あの日から今まで『声』は聞こえなかった。


 いや、それ以前も声など聞いたことなかったけど。……説明書をくれないか?


 そうなれば自力で研究するしかない。


 とりあえず自称6万4000トンという魔剣を苦もなく持てる時点で、だいたいの物が持てるのは間違いない。


 目につく重いものを、片っ端から持ち上げてみる。荷物の詰まった木箱や酒樽、これらは片手で掴めた。


 握力が強くなっているわけではないようで、掴んだり握ったものが壊れるということはなかった。


「問題は、持ち方か」


 重さはどうとでもなるが、持つものの形状によっては保持しにくいものもある。


 ただ一度持ってしまえば、後は指先一本で持つことができた。


「……それ、すっごく怖い持ち方ですね」


 ルカは、俺が大樽を指先一本で持ち上げているのを呆れの目を向けてくる。


「ポキッと指が折れてしまいそうで怖いです」

「うーん。まあ、見た目がヤバイのは認める」


 ちっとも重くないし、バランスを崩しても、指へのダメージはない。


「重量物を持てるってことは武器とかぶん回すには有利だけど、それ以外だと案外役に立たない……?」


 重い荷物を背負っている人を手伝ったり、大きな障害物を撤去したい時は役に立ちそうだけど……そういう場面って、かなり偏る気もする。


 うーん。


 俺は考える。いろいろ持ったら手が汚れたので、洗おうとする。井戸から汲んだ桶の水に触れる。


「水は持てる……とは言わないか」


 そのまま手から流れていく。まあ、そうだよな。普通は。


「持つ!」


 手を広げて、念じるようにすくう。すると変化が起きた。


「ええっ!?」


 水が超巨大な水滴のような形で、俺の手のひらに乗っていたのだ。それを見に来たルカが驚きながら微笑した。


「なんか、小さなスライムみたいですね」


 超巨大水滴、なんて思った俺だけど、それはあまりに情緒がなかったな。


「ヘイ、ルカ、パース!」


 水塊をひょいと投げる。ルカは慌てて受け止めようとして水を被った。……あ。


「冷たい! ヴィゴさん、酷いですよぅ!」


 受け止めようとした手以外に、彼女の胸や顔に水が掛かってしまった。


「すまん! なんかスライムみたいに固まったのかなって思って」


 現実はそんなこともなく、投げた時点では形を保っていたが、ぶつかると形はもとの液体になってしまった。


「本当、ごめん!」

「いいですけど……気をつけてくださいね」


 濡れた胸元を拭うルカ。ごめん、ちょっとえっちぃことになっちゃって。


「しかし、意識したら水も持てるんだな」


 またも手のひらですくって水塊を作る。ちょっと震わせれば、小刻みに揺れた。まるで水面だ……と思っていたら、揺さぶり過ぎたか、形が崩れて流れていった。


 もう1回すくう。フルフル、と震える水塊に指を突っ込む。……おお、まだ形を保っている。指先は水塊の中。中をかき回そうとしたら、やはり崩れた。


 また水をすくう。ひっくり返す。水塊は地面の落ちた。これは普通に物を持った時と同じだ。別に手のひらにくっついているわけではない。


 次に同じくすくって。今度は軽く握ってみる。たぶんギュッと締めれば、形は崩れるだろうから、優しく覆う感じで。これでひっくり返したら、形を維持したまま手の中にあった。


「ウォーターボール!」


 投げつけてみる。石を投げるのと同じ感じで水塊は飛んでいった。壁に当たる頃には、やや形が崩れていたが、魔法の水塊を飛ばす魔法みたいだった。


「水の攻撃魔法を覚えたぞ!」

「……攻撃力ぜんぜんなさそうですけどね」


 ネタにマジで返された。ルカさんや、もう少し夢を持ちましょうよ。確かに、相手に嫌がらせ程度だし、水が手元にないと使えないけど。


「でも、形のない水を持てるって、ヴィゴさんのスキルって凄いですね」

「これは普通に凄い」


 持てないものも持てるわけだから。


「そうなると……試してみたくなるな」

「何をです?」

「魔法」


 俺は、自分の思いつきに思わずニヤリとした。



  ・  ・  ・



 ロンキドさんの、相談に乗るという話を聞いていたので、彼の豪邸を俺とルカは訪れた。


 ギルマス本人はギルドで仕事をしている時間だったのでいなかったが、奥さんのモニヤさんが応対してくれた。魔法を持ってみようと思うんですけどー。


「――それは面白いことを考えるのね」


 試しに、裏庭にある井戸から水を汲んで実演してみせる。


「うわあ、凄いのね。本当に水塊を持って投げているわ」

「まあ、これが何の役に立つんだ、というところなんですが……」


 俺は、水以外のものでも持てるか試したいとモニヤさんにお願いした。


「ただ、さすがに火を持つとか、普通に考えたら火傷するので、できればその……怪我の時に治癒魔法などかけていただけないかな……と」


 元プリーステスであれば回復魔法はお手の物。この国の教会の人間は大抵、神聖系の魔法が使えて、上位の役職にあったものならほぼ間違いなく行使できる。


「ええ、いいわ。私も興味があるし。……でもそうね。ニニヤー! ニニヤいるー!?」


 娘のニニヤちゃんを呼ぶモニヤさん。二階の窓が開いて、顔を覗かせたのはヴァレさんだった。


「ニニヤなら出掛けたわよ。どうしたん?」

「じゃあヴァレでいいわ。ヴィゴさんが魔法で実験したいっていうのよ。手伝ってくれるー?」

「実験? 面白そうね」


 ひょいっと、窓からヴァレさんが飛び降りた。わっ――と驚いたのもつかの間、ヴァレさんはフワフワと降りてきた。浮遊魔法か。でも詠唱していなかったようだったけど。


「さっ、魔法で実験って、何をするの?」


 とてもキラキラした目をヴァレさんは向けてきた。魔法に関してはとても好奇心が旺盛なようだった。


 持てるスキルで、水が持てるんですよ、だから――と意図を説明すると。


「それは面白いわね。じゃあ、私が魔法を使うから、それを受け止めてみなさい!」


 元宮廷魔術師が、やる気を漲らせている。


「お、お手柔らかにお願いします」


 攻撃魔法直撃で死亡なんて、間抜けなのは勘弁願いたい……。

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