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第6話、黒き魔獣の襲来


 俺の名はヴィゴ・コンタ・ディーノ。ウルラート王国の王都カルムの冒険者ギルドに所属するDランク冒険者だ。


 それまで所属していた冒険者パーティー『シャイン』を追放され、絶賛ソロの冒険者となった。


 他のパーティーに移籍しようと探すも、どこも門前払い。付加価値のない剣士はお断りと、世間の世知辛さを痛恨していた俺は、スウィーの森にある遺跡に眠る魔剣を手に入れようとした。


 結果として、俺は暗黒地獄剣ダーク・インフェルノという、ちょっと名前がアレな魔剣を手に入れたのだが、それは適性があったとかそういうのじゃなくて、別の力があったからのようだった。


 すなわち、物を『持てる』スキル。……俺は『モテる』スキルを頼んだんだけどな、冗談キツいぜ、神様ァ……。


 まあ、そのスキルを今日、授かったとはいえ、そのおかげで魔剣を手に入れられたのだ。


「ふうむ、お主も苦労しておるようだな」


 魔剣ダーク・インフェルノこと、ダイ様は、俺の簡単なこれまでの説明にそう返した。


 この黒髪少女の正体は魔剣に宿る力の具現化らしい。だから彼女とは別に、俺の手には魔剣本体もある。


「しかし、まあよかったではないか。その持てるスキル、戦闘では有用そうだ」

「まあ、そうなんだけどね」


 俺自身、別に力がついたって感じはしないんだけど、手にしたら大抵のものが持ててしまえた。


 ……そう言うと何当たり前のことを言っているだって突っ込まれそうだが、常人なら持ち上げることも叶わない巨大な岩や石柱すら、片手で持つことができた。それも意外なことに俺は重く感じない。


「我を平然と持っていられるのだ。それくらい当然だろう」


 フフン、と鼻で笑うダイ様。自称6万4000トントォンの重量があるそうだ。

 重すぎんだろうが!――とならないのだが、『持てる』スキルの力なんだろうな。


「で、お主はこれからどうするのだ?」

「俺は冒険者だからな。どこかのパーティーに入るさ」


 魔剣持ちの剣士ってことでな。箔がつくってもんよ。とはいえ――


「俺がこの魔剣を持つってことは、ダイ様も一緒ってことになるのか?」

「そうなるな。ああ、心配するな。この姿は出したり消したりできるから、必要なら剣に引っ込んでやる」


 それを聞いて安心した。結婚もしていないのに、子連れの冒険者に見られるのはごめんだからな。まだ恋人さえいないし、女とはイチャイチャしたいって人並みの欲や感情はあるんだ。


「ん……?」

「おや……」


 俺とダイ様は立ち止まる。


 ゴゴゴッ、と地面が激しく揺れた。地震だ。しかし、何だこの強さは!?


 戸惑っていると、遠くから異様な咆哮が響いた。さながら大地の隅々まで届きそうな聞いたことのない獣だろう声。この音量だとかなりのデカぶつではないか。


「何だ? まさか、ドラゴン?」


 いや、実際にドラゴンなんて見たことないんだけどな。するとダイ様が目を細めた。


「ずいぶんと懐かしい声ではないか」

「知っているのかダイ様!?」

「ふむ、実際に見ないうちに断定はできんが、邪甲獣の声のようだと思ってな」

「ジャコウジュウ?」


 まったく聞いたことがない名だった。


「我が封印される前に、世界を荒らし回った巨大な魔獣よ。お主はドラゴンなぞと口走ったが、もし邪甲獣ならば、そんなチャチなものではないぞ」


 何だかとてつもない化け物らしい。しかし、そんな聞いたこともない化け物の声が何だって聞こえてきたのか。


 小さな振動が連続する。まるで巨大な何かが歩いているかのような。ゴクリと俺は唾を飲み込んだ。いったいどんな化け物なのか。


 俺たちはスウィーの森の外へとたどり着いた。ここから西の方角を見れば王都カラムが遠くに見えるのだが、それよりもまず目を引いたものがある。


「何だありゃ……!?」


 バカでかい四足の化け物が、王都の方向へゆっくりと歩いていた。そののっそりとした動きで足が大地に足跡を刻むたびに振動が起きた。


「おー、間違いない。邪甲獣だ」


 ダイ様が遠方の巨獣を見て、口元を綻ばせた。


 黒い体躯。竜のような頭に亀の胴体。しかしその甲羅や四足の部分はさながら鎧をまとったような金属に覆われている。あれを見て、自然の獣とはとても思えない。さながら地獄の生物か、神の世界の獣か。


「あやつは、人のいる町を襲う」


 ダイ様は断言した。じゃあ、王都がやばいんじゃね!?


「お、こっちにも分体が来るぞ」

「え……?」


 見れば馬車が一台、こちらに向かって全力で駆けてくる。その後ろを、四足の獅子のようなものが一体、追尾している。黒い体躯に鎧じみた身体を持つそれは――


「あれも邪甲獣か!?」

「その分体だな。小さいが硬いし、素早い。あの巨大邪甲獣が入らないところにも入れるぞ」


 馬車は森に入ろうと石畳の道を走る。しかし獅子型邪甲獣のほうが足が速かった。もう少し、というところで――つまり俺たちの近くで、馬車は追いつかれた。


 飛び掛かってきた邪甲獣に踏み潰されたのだ。寸前、中にいた人間が四方に飛び出した。逃げ遅れた奴はたぶんミンチだろう。衝撃で馬車は四散し、御者も吹っ飛んだ。


 でけぇ。小さいとか言っても高さは3メートルはあるんじゃないか。その獅子の口を開けば、人間なんて軽く丸呑みにされちまうんじゃないか?


「うわああっ!?」


 とか言っていたら、マジで一人喰われた。悲鳴が悲鳴を呼び、投げ出されて生きていた奴らが慌てふためく。


 その中にあって、一人の女が剣を手に邪甲獣に立ち向かった。邪甲獣の大きさに惑われたが、ありゃルカじゃないか? 長身の女戦士の。


 たった一人で立ち向かうつもりか? くそっ、そんなの見たら……助けるしかないだろが!


 俺は走った。手には魔剣ダーク・インフェルノ。逃げろ、ルカ!


 邪甲獣が前足を振るった。ルカは剣で防いだように見えたがパワー負けして弾かれた。力が違い過ぎる!


「来いよ、化け物ォ!」


 可愛い子ちゃんを放って、こっちに来やがれってんだ!


 邪甲獣が俺を見た。悪魔の如き黄金の瞳孔が俺を射貫く。やべっ、気圧された……!


 俺の足は止まっていた。地面に押しつけるような恐怖。圧倒的プレッシャー。俺は一瞬、自分の死を感じた。その瞬間、邪甲獣は俺めがけて飛び掛かってきていた。ガチ速ェ!


 それはとっさの反応だった。剣を振った。俺に飛び掛かるヤツの鼻っ面に一撃を叩き込むタイミングだ。


 だが、それで終わりだ。仮に剣が当たった瞬間、ヤツの突進の勢いをまともに食らい、こちらも吹っ飛ぶ、そして潰れる。


 まばたきの一瞬が、止まったかのような錯覚。死ぬ寸前というのはこういうものか。剣が邪甲獣に当たる。


 吹っ飛んだ。邪甲獣が。魔剣ダーク・インフェルノ。重量6万4000トンが蚊を潰すが如く、黒き魔獣の体を叩き潰したのだった。

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