カラコルム遺跡で見つけた伝説の魔剣を、俺はひょっこり抜いてしまった。いや、もとからそのつもりで来たのだが、案外あっさり抜けて拍子抜けしたところ、女――それも幼い少女じみた声を聞いた。
「もしかして、剣の声……!?」
『そうだ、お主が手にしておる剣だ!』
やたら尊大な口調だ。女の子でなかったら思わず投げ捨てていたかもしれない。
「魔剣に宿る精霊とかか?」
何となく聞いてみれば、魔剣の声は答えた。
『違う。我は魔剣そのものだ!』
「……」
『聞いておののけ人間よ! 我は暗黒地獄剣、その名もダーク・インフェルノ! 暗黒の力が宿りし、地獄の業火よ! 恐れ入ったかーっ!』
え、ダ、ダーク? インフェルノ? 何というかその、痛いなー。
「ダーク、インフェルノ?」
『そうだ。……にしても、お主は本当に魔力がないなぁ』
「魔力? ああ、俺は戦士だからな。魔法の類いは、たぶん使えない」
でも魔剣は抜けた。ダ、ダーク・インフェルノとかいう暗黒剣を。
『おっかしいなぁ。魔力もない奴が我を持てるなどあり得ないんだが……』
「そうなの?」
『実際、我の力がまったく解放されておらんだろ? 魔剣ではあるが、ただの剣だ』
それはつまり、伝説に聞く力がまったく発動しない状態ってこと?
「いやでも、俺は抜いた。それって俺に魔剣が選ばれたってことだろう?」
『我は選んどらんぞー』
くっそ投げやりな調子で言われた。え、じゃあ適性は?
『何故、台座から我が抜けたのかさっぱりわからん。お主、何をやった? と言うか、何故我を平然と持てる。素質のない者にはとても持てないのだぞ?』
「それは素質があるということでは……?」
『素質があるなら、そもそも力も解放できるはずだ!』
スパンと魔剣は言い切った。
『つまり、お主は正規ではない方法で、台座から我を抜いたのだ』
「正規の方法ではない……?」
『そうだ。しかし、何かしら力はあるのだろう。でなければ、今もこうして我を持つことなどできぬ。何故なら、素質のない者が触れれば、我が真の重量、6万4000
「6万……って、はあっ!?」
あまりにあまりの数字に驚愕した。
「待て待て待て、そんなもの人間が持てるわけないだろ! 嘘つくなよ!」
信じられなかった。嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけよ。
『だから、お主が異常なのだ! 何か他の力を持っているとしか思えん』
「……んなことを言われても、俺、そんな力なんてないぜ?」
あり得ないが、仮に魔剣が言うことが本当だとしても、俺にそんな6万ウン千トンを持つ力なんてない。そんな怪力があれば、いまごろ超怪力の持ち主ということで有名人だっただろう。Dランクに収まっていかったに違いない。
『ふうむ、主にも心当たりがないとか……嘘は言っておらんな?』
魔剣が考え込むようにうなり出した。
『持てるはずないんだがな……』
そうだよ。持てるわけがないんだよ。持てるわけ……が……?
うん? 俺はいま、何か引っかかった。持てる、って言った?
教会で聞こえた幻聴は何と聞こえたか。
――もてる……スキル……を……与え……よう……。
もてるスキル。俺は日頃から『モテる』ようになりたいと願っていた。だから『もてる』を『モテる』と解釈したが……ひょっとして『持てる』スキルだったのではないか?
モテるのではなく、持てるだったとしたら、自称6万4000トンの超重量剣を持てた理由はそれではないか。
『お主、物は試しだ。我を以て、そこな大岩を横凪ぎに払ってみせよ』
魔剣が促した。頭の整理もできず、半信半疑ではあったが、とりあえず言われた通りに、遺跡の残骸ともいうべき、大岩に魔剣を突き立ててみる。
「せいっ!」
普通に切りつける。どうせ止まるか弾かれるかだから、渾身の力は入れずに振った。
当てた。砕けた。岩が。
「え……!?」
さすが魔剣というべきか。岩ごときではその刃を止められなかった。剣が当たった部分より上がバラバラになって吹き飛んだのだ。
「すっげ……」
『まあ、6万4000トンがぶつかれば、力を解放せんでもこうなるわな』
ええぇ!? 魔剣のパワーじゃないのこれ? 威力バカ高なんだが……。剣と相性が悪いプレートメイルをまとった騎士でさえ、盾ごと吹っ飛ばしそうな力はあったのに。
「本当に、魔剣の力じゃないの?」
『ダーク! インフェルノ! だ! ……そうだ、我は力を欠片も使っておらーんぞ』
「となると、決まりか……」
『何がだ?』
「俺の……俺がお前を持てた理由だよ」
神様から『持てる』スキルをもらった。それ以外に考えられない。
『ほう、神のスキルか』
「お前が本当に6万4000トンもあるなら、そうなる」
『嘘はついておらん! だが、神のスキルでもなければ素質のないお主が持てるはずがないからな。我は納得したぞ』
正直、俺自身、まだ戸惑っているけど、そう思ったほうが精神的に優しい気がした。
『ならば、お主が持てるのは我だけではなかろう。そっちの柱を持ち上げてみせい』
遺跡の残骸を持ってみろ、ということなのだろう。確かめるのが一番なのは認めるが。
「そっちってどっちよ?」
声だけじゃ、どれのことを言っているのかさっぱりだ。柱の残骸だって、近くに三つ、四つは転がっている。
『ぬぅ、仕方ないな』
「おわっ!?」
突然、魔剣ダーク・インフェルノが光り出した。まぶしっ!
わずか数秒ののち、ようやく光が和らいだ。瞼を閉じていても明るいってどんだけだよ……。
すると、そこにひとりの少女が立っていた。10歳くらいの外見。長い黒髪をストレートにしていて、赤い瞳をした、小生意気そうな表情の美少女ちゃんだ。白と青のローブをまとった少女は、「あっちのだ」と指さした。
「まさか! その声は魔剣!?」
「そうだぞ。お主にまともな力があれば、我は絶世の美女の姿になれたものを……」
な、なにぃー!
「すまない。俺に力がないばかりに……」
だが――
「可愛いぞ、ダイ様!」
「はぁ!? 何だ、ダイ様とは! 我の名はダーク・インフェルノ! 偉大なる暗黒地獄剣だ。わけのわからん呼び方を――って略しおったな! お主ーっ!?」
『ダ』ーク・『イ』ンフェルノだから、略してダイ様。幼い少女姿の魔剣は、年相応の外見で地団駄を踏んだ。