半月前から。
死ぬ気で働いていた。
その日。
ある女性が言った。
「そんなに頑張ってくれていて心強い」と言った。
猪狩は、思った。
ふざけるな。
猪狩は派遣労働者だった。半月前から新しい現場だった。
しかし正社員に応援されるのは我慢ならなかった。
そもそも足の怪我さえなければ営業で駆けずり回っていた人生。
悪く言えば電話番しかできなくなった自分なりに、最大限折衝のような真似をしている。
何かあると保護される分際の女が。
結局偉い偉くないの社会でよくも言いやがった。
次の日。
先日の女性が猪狩のネームプレートを持ってきた。
猪狩が前日机に置き忘れたネームプレート。
猪狩はうんざりだった、たたでさえこんな名前ぶち捨ててしまいたいのに。
それでつい言ってしまった。
「いらねぇ」
その日の夜。
猪狩は路上でボソッとつぶやいた。
俺は、俺が間違った人間だということにされて死んでいくほうがいい、ただし何人倒してそうなるのか興味がある。
猪狩は、かけつけた仲間達に肩を抱かれて、アパートに引き上げていった。
仲間の一人が、猪狩の忍耐の無さには一切触れずに、猪狩に言った。
「猪狩が本当に欲しかったものを知っているのも限界だ。だから猪狩とは今日でお別れだ」
そして猪狩に言った。
「新しい名前だ」
猪狩に手渡されたネームプレートには「野生のウーマンマン」と書かれていた。
ウルトラマンとかグリッドマンみたいにヒーロー的なコンセプトだ。
そのうえで、野生のウーマンというコンセプトのようだった。
猪狩は思った。
「なんで俺ばっかりこんな目に」と思った。
そして言った。
「俺もこれくらいやってやる、やってやるよ」と言った。
猪狩は、自分が「野生のウーマンマン」だと思えば何でも我慢できる気がした。
そしてひそかに「猪狩真一」だった自分自身と決別した。
捨てた。
いらねぇ以上。