中学二年生の
両親から愛され、優しい性格で、賢く、勉強も苦ではなかった。
よく周りからも好かれている子どもだった。
ある日のことだった。
休み時間の教室で、おしゃべりをしているときだった。
不意に太ももの話になった。
太いよね、とか、細いよね、とかそういう話だったが。
晴子は太ももが太かった。
父親がサイクリングのアマ選手だから、家族行事で晴子も、毎月一回はマウンテンバイクに乗る。
すると、あるオタク風の男子が唐突に晴子に言った。
「やりたい」
晴子はクラスのオタク風の男子から唐突に「やりたい」と言われた。
晴子は、頭に来て、オタク風の男子に殴りかかろうとしたところ、代わりに、その場にいた空手部の女子が平手打ちをお見舞いした。
指ではなく、手のひら、掌底で叩く。
物凄い音がしてオタク風の男子は悶絶した。
晴子は、持っていた携帯で、父親に事の顛末を知らせた。
すると帰りのクラス会に父親がやってきたのだった。
父親は一人で教室に上がり込むと、堂々と教壇に立ち、クラスに言った。
「言ったオタク風の男子を、二度と学校に来れなくしてください。二度と学校に来れなくした者に一万円を進呈します」
男子生徒の
帰り道、杉田は友達に言った、「すごくよくね?一万円も貰えるんだぜ?」
杉田は次の日から、件のオタク風の男子生徒をボコボコに殴打し、一週間ほどかけて見事不登校に追い込んだ。
後日結果に満足した晴子は、父親から渡された一万円入りの封筒を杉田に渡した。
「はい、ありがとう杉田」
杉田は早速封筒を開けると、確かに入っている一万円札に感動した。
「うおー!本当に貰えた!一万円!」
杉田は一万円で大喜びした。
晴子と杉田は、別に友達になったわけではないが、なんとなく接点ができたのだった。
しかしこの謝礼について物議を醸したのは言うまでもなく、杉田と晴子は、ある日職員室に呼ばれた。
杉田が晴子に恐喝のような真似をしていないかどうかが論点だった。
晴子は「親が約束を守って支払った」と答えた。
杉田は「なんでですか?山本さんのおかげで一万円も貰えたんですよ?」と言った。
この杉田の反応には教員も苦笑いだった。杉田は本当に一万円ごときが欲しくて、汚い仕事に手を染めたと言うのだ。
杉田は「教室で突然『やりたい』などと言うオタクは消し飛べばよいと思います」と強気に言った。
それから十年が経った。
杉田は、上京して入った都内の底辺大学を、卒業すると、フリーターをして暮らしていた。
「何一ついいことなかったな」
それが口癖になっていた。
彼女は出来たけど、全然気持ちよくなかった。
仕事場で上司に頭を下げて、かといって相手にされるわけでもない、暮らし。
「お金、欲しいな」
それも口癖だった。
とにかくお金が欲しかった。一億円くらい欲しかった。
ある晩ベットで寝具にくるまって寝つこうとする杉田は、ふいに思い出したのだった。
「俺の人生の最盛期だったな」
杉田は、暴力で一万円を稼いだあの瞬間が人生の最盛期だったことに気が付いたのだった。
杉田は悩んだが、晴子に会ってみようと思った。
中学の同級生だし、大丈夫だろうと。
ただ、旧友を頼ったり、連絡先を調べたりするような真似をして、念入りに確実に会うというのは意味がない気がした。
何かこう、神が再び自分と晴子を引き合わすのかどうかを知りたかったのだ。
そこで杉田はバイトを空け、故郷へ帰り、あの頃、晴子が塾通いで乗り降りしていたバス停で延々と晴子を待ち続けることにした。
日曜日を選んだ。
朝が遅くてしくじるのは、よくない気がするので朝7時開始にした。
しかし杉田は、二時間で力尽きた。
別に好きでもなんでもない女を二時間も待っていられるかと言うことだ。
「帰って、なにか大それた、突拍子もないことをして大金を稼ごう。二時間で一万円くらい手に入る金脈をつくろう」
杉田はそう言って、そのままバスに乗って駅まで帰ろうと思っていた。
「杉田?」
「え?」
晴子だった。
「お、おぉー!おぅ!山本だな!山本さん!山本さんお久しぶりです!」
杉田は、中学の頃に戻ったように饒舌な挨拶をしたのだった。
晴子は言った。
「なんで上京した杉田が日曜朝9時に地元にいるの?帰ってきたの?」
杉田は言った。
「もうしわけない!神が山本さん連れてきたんです!どうか金儲けの方法を教えてください!」
「ちょっ・・・洗いざらい話すんで、待ってください!」
晴子は言った。
「金に困ったん?」
晴子は、バスでアウトレットモールに行くところだと伝えると、道中、杉田の話を聞くことにしたのだった。
揺れるバスの中で、杉田の話を聞いた晴子は、正直「二十代前半なんてどいつもこいつもそんなようなところだ」と思った。
しかし、あえてそういうありきたりな上から目線の説教はせずに、むしろ自分なりに思う気持ちを言ってみたのだった。
「幸せになるためにやっちゃいけないことなんてないでしょ」
杉田は、電流が走ったようにビクッとした。
晴子は続けて言った。
「高校の友達が売春やったり、チケット詐欺に遭ったり、すったもんだしながら頑張って生きているけど、私は勉強やって地元の国立大出れて良かったかな」
晴子は小学校の教諭をしているのだった。
杉田は、
「それ!それで大丈夫です!それ神託だから!メモ!メモメモ!」
と言いながら晴子の言ったことを慌ててメモに書き写した。
そしてアウトレットモールで降りる晴子を見送って、自分は駅まで乗って東京に帰った。
東京に帰ると、杉田は一目散にインターネットで検索を始めた。
「売春 やるには」
杉田の借りているアパートはwifiが無料だった。
学生時代から住まわせてもらっているアパートだ。
杉田なりに勉強に便利だと思ってwifi無料のアパートを借りていた。
杉田は夜が明けるまでインターネットで調べつくした後、いびきをかいて昼まで寝た。
昼に起きた杉田は腹をくくった。
「違法だけど、管理売春というものに手を出そう」
杉田は、バイトが休みの日は、なけなしの金をはたいて漫画喫茶に行き、売春目的っぽい子を見かけては声をかけた。
杉田の目的は、当初は「売る女」のデータベースをつくることにあったが、連絡先まで教えてくれる女は皆無だったため、目的を自分の目を養うことに切り替えた。
つまり自分の頭の中で、売春をする女の姿形をインプットする修行のような時間にした。
それを三か月続けた結果、「売る女」が百発百中になったし、扱い方もわかってきたのだった。
ある日だった。
「お兄さんって警察?」
18歳くらいの女子だった。なんでも杉田はこの辺りの界隈で悪い噂になっていて、写真が共有されているということだった。
杉田は直感で思った。
こんな女の子より俺のほうが戦闘力があるんだから、洗いざらい話せばこっちのもんだ。
そして言った。
「管理売春をやりたい。取っ掛かりが欲しい」
18歳の女子は言った。
「ちょっと待って、友達呼ぶから」
杉田は、慌てた。
「待て、友達って?怖い人?」
その様子をみて、18歳の女子は、ふっと微笑んで言った。
「女の子」
女子二人は、ミキ(話しかけてきたほう)とチセ(呼ばれた友達のほう)と言う。
ミキが聞いてきた。
「お兄さん、バイトどこですか?」
杉田は、
「COCO壱」
と正直に答えるとミキは端的に言った。
「オタクっぽいお客さん連れてきてほしい。オタクは安全だから」
バイト先で客を見つけて、ミキとチセに流すようにということだった。
歌舞伎町や繁華街で立ちんぼ(買い手がくるのを立って待っている行為)をしていると、最近警察に捕まる(摘発される)ようになったため、個人連絡網を作りたかったという。
チセが言った。
「女の子集めは女の子使ったほうがいいよ。でも今はお兄さんが引っ張ってくる客いないんだから私らだけに付け回してほしい」
これには杉田も納得した。
杉田はCOCO壱のバイトを頑張った。
バイト先で自由身分になれればその分強いと思った。
一段と店長にゴマすりをしたり、ご機嫌を見計らって「アニソン流していいですか?」とお願いしたりした。
杉田は、よく来る客の中から少しでもオタク感がある者には声をかけていった。
「いつもありがとうございます」
言われて嬉しそうにする人の好い客には、様々なバリエーションで会話をした。
中でも得意技が、
「パソコン強い人羨ましいなぁ、僕は全然出来ないなぁ」
だった。