夏の甲子園。
準々決勝で散った
プロ注目の高校生スラッガーだ。
チームメートが悔し泣きする中、父親ゆずりの強面の地顔でひときわ号泣していた。
「優勝しなきゃ、優勝しなきゃ意味ねぇんだ。俺たちの今までは意味ねぇんだ。本当に頑張ったから悔しいなんてサッカー部みたいなこと言わないでください。本当に頑張るなんて当たり前です。本当に頑張っても優勝しなきゃ意味ねぇんだ。さっきまで途中だった。うーん、どうしてだぁ。」
試合後のインタビューでも報道陣にそう答えた。
そんな持田権蔵はお菓子作りが趣味だ。
父親ゆずりの強面の地顔からは想像もつかないプリティなパフェをプロ顔負けに作って見せる。
秋葉原のメイドカフェのような台詞回しで部員に配るのが恒例だった。
はーい♡
皆さんお待ちかね!
クマさんが超絶プリティなイチゴプリンパフェ♪
人数分あるから食べちゃって欲しいな!
この日の夕方も宿舎でイチゴプリンパフェを作って配った。
悔し泣きから立ち直った部員たちをさらに励ましたのだ。
夜。
エースピッチャーの
「はじめてお前のチョコレートパフェを食べてからずっと言いたかったんだけど、プロ注目のスラッガーの趣味がお菓子作りで秋葉原のメイドカフェを真似た台詞回しまであったら、ギャップ萌えで唯一無二の存在だとか狙ってやってるなら、流石にちょっとキモめ。」
持田は須藤に言った。
「それを言ったやつには絶対に教えているんだ。どうして俺がパフェを作るのか。」
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いまから20年前。
持田権蔵の父親・
仕事はその前の年にクビになったきり。近所の建物に悪戯書きをしたり、公園の枯草に火をつけて遊んだり、それを警察署に通報しながら警察官に暴言を吐いたりした。
終いには家に警察官が押し入った。蔵之介は保護入院になった。
「社会は俺を理解してくれない。」
入院を理由に精神障碍者手帳が3級から2級に繰り上げられた蔵之介は、退院後に移った病院でデイケアに通いはじめた。
デイケアスタッフの
「蔵之介さんの担当スタッフの前原です。どうでしょう、是非フットサルをやってみませんか。面白いですよ。」
蔵之介の参加する曜日のデイケアは、昼休憩をはさんで、午後はフットサルかお菓子作りのどちらかに参加して、社会復帰を意識しながら精神病や障害のリハビリをする。
蔵之介は前原の勧め通りに真面目にフットサルをした。
最初こそ真面目に参加した。
しかし二カ月が経ち、フットサルが目に見えて上達してきたタイミングで、暴言を吐いてしまった。
「上達なんて馬鹿バカしいことなんでしなくちゃいけないんだ。」
前原は聴くだけ聞いて、「よく打ち明けてくださいました。」と言うと、
「じゃあお菓子作りのほうに参加してみましょう。」
と言って、お菓子作りを勧めた。
蔵之介は、最初は真面目に参加していたが、やはり二カ月ほどすると暴言を吐いた。
「上達するのが嫌なんだ。馬鹿バカしい。仕事なんてできない奴の方が偉いのに、なんのために働くんだ。ふざけろ。」
前原は聴くだけ聞いて、「よく打ち明けてくださいました。」と言うと、
「顔色がどんどん良くなってきているなと思っていましたけれど、そんな風に悩んでいたのですね。気がつかないですみません。コンディションのよい日だけでも良いのでデイケアには来てください。フットサルでも、お菓子作りでも、よいので、好きな方に参加しましょう。自分の気持ち優先で大丈夫です。」
と言った。蔵之介は、聞いてくれた前原にお礼を言うと、その日は帰った。
そして自宅で思った。
「もう37歳なんだ。中学生がやるようなことをして喜んでいていいはずないんだ。」
蔵之介は、精神障碍者男性と理解者女性の婚活パーティに応募した。
なんとなく、自分を理解してくれるパートナーの女性がいればすべてが解決する気がしたからだ。
デイケアでも女性と話す機会はあったし、上手くやればいけるだろうと思った。強面だが不細工ではないし、いい結果になるだろうと思った。
何回か同じような街コンに参加し、蔵之介は、後に妻となる女性・
結婚して一年経ち、無事社会復帰に至った蔵之介に智子は言った。
「ヤクザみたいな人かと思ったけれど、趣味の欄に『お菓子作りができる』って書いてあったから、大丈夫だって思ったのよ。」
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すべてを語り終えた持田権蔵は、須藤に言った。
「親父と同じ顔で生まれた以上、解だから。」
須藤は言った。
「野球は自分で選んだんだ。それがよかったです。」