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【活動報告】
日時:4月14日
作成:問間覚
相談者:和泉麻衣 (養護教諭)
相談内容:
太ももの同じような位置に傷のある女子生徒が1日のうちに3人保健室を訪れた。生徒間で自傷行為やそれに近いことが流行っていないか心配。
結果:
自傷行為等が流行っているわけではない。保健室を訪れた3人は全員彩樫市駅を使用しており、そこから学校間には本来通りぬけ禁止の近道がある。その道には私有地であることを示す看板が立っているが、前日の地震の影響で傾いてしまっていた(添付資料1、2参照)。3人の傷は看板横を通りぬけた際に角で切ったものと考えられる。看板の角には血も付着していた(添付資料3参照)。
備考:
和泉先生より職員会議にて本件の周知がされ、後日各クラス担任から例の道を通らないように注意がされた。
尚、学校に土地の所有者である天野氏から仁吾に名指しでクレームが入ったようだが、我々は事実確認と資料作成のために現場を訪れただけであり、彼が言ったようなことは一切やっていない。
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和泉が去った部室でカイは大きく息を吐きだした。椅子に逆向きに座ったジンゴが背もたれを抱えながら話しかけてくる。
「おつかれーぃ。どうだったよ、カイ、初部活動は」
「いや、めっちゃ緊張しました!」
「なー。見てるこっちも緊張したわ。やってけそうか?」
「な、なんとか……?」
昨日さんざん部活動に参加させてくれと騒いだのは自分だが、実際にやってみると思ったほどうまくはいかなかった。むしろ自分がかなりのあがり症であることが突きつけられ、内心かなり落ち込んでいた。
(それにこの部活、よく考えたら初対面の人とたくさん喋ることになるんだよな。知らない人と話すのも得意じゃないし……。勢いで入ったけど、向いてないかも……)
ため息をつくカイに、
「……初めてですから。あんなもんじゃないですか」
サトルがそっと話しかける。
「初回が先生だったのも運悪いですよね。年上相手に話すの、誰だって緊張しますよ。よくやってたと思いますよ?」
「……サトルせんぱぁ~い」
「サトルせんぱぁ~い」
「なんで、ジンゴさんまで……」
ふたりに視線を向けられサトルは居心地悪そうに目を逸らした。その顔をジンゴはニヤニヤと見つめている。カイはそれに気づかず、
「サトル先輩も最初の頃はあんな感じでした!? 緊張とかしてました!?」
「いや、別に……」
「そこは嘘でもしてたって言ってくださいよ~。はー俺、先輩たちみたいになれるかな」
天井を仰ぎ、蛍光灯の光に目を細める。その姿をサトルは物珍し気に見た。
「なりたいんですか? 僕たちみたいに?」
「え? はい。なりたいです」
眼鏡の奥の瞳と目が合う。普段は切れ長の彼の目が、丸々と見開かれていた。
(え、俺、なんかまずいこといったかな)
「僕たちみたいになりたいとか――なんで」
途端に不安になるカイにサトルは短く、けれど彼にしては大きい声で疑問を投げかけた。
「ジンゴさんとキキさんはわかりますよ。この人はシュミ悪い上自分の身体の弱さもわかってない馬鹿だけど明るくて各方面に気を遣えるし、」
「褒めるのかディスるのかどっちかにしてくんね」
「キキさんは生徒全員の顔と名前を憶えてる。生徒会長だからって、そんな義務ないのに。でも、僕は……。素はあんなんだし…………」
「ぅえっ!? サトル先輩、それ本気で言ってます!?!?」
ダラダラと溢れ出るネガティブな言葉を、教室に響くほどの大声がせき止めた。
カイはもともと声が大きいけれど、今のは一段と大きい。その声と見開いた目で全力で驚きを表現していた。その顔のまま、
「そりゃあジンゴ先輩の誰にでも声かけられる性格とか先生にも信頼されてるのは羨ましいし、キキ先輩の情報網? というか記憶力? もいいなって思いますよ。でもいちばんすごいのサトル先輩じゃないですか!」
「――例えば?」
カイはこの3人の中でいちばん背が高い。座っていてもそれは変わらない。背中を丸め椅子の背もたれを抱えていたジンゴは、後輩を見上げその続きを促した。人懐っこい目元は楽しそうに笑っている。
「サトルのすごいところ、例えばどこよ? 言ってやれよ、カイ! わからせてやれ!!」
「はい!!」
サトル先輩とジンゴ先輩は家が近所で、家族ぐるみの付き合いもあるらしい。それに引き換え自分が彼らと知り合ったのはほんの数日前だ。
だから、昔のことは何も知らない。サトル先輩の元ヤン時代とか、ジンゴ先輩の身体が弱いこととか、そんなことはなんにも知らない、けれど。
「まず推理力ヤバイですよね! イズミ先生の話聞いただけであそこまでわかるとか、俺めっちゃ感動しましたもん! 看板のことも現地行く前から予想付いてたの、マジエスパーじゃないっすか!」
「あんなの、ただの連想ゲームですよ。推理なんて大層なことはしていません。和泉先生の話だけじゃなくアカリさんの話もあったからわかったことだし、それで言うと彼女のことを思い出したキミの手柄だし……。看板のことだって、僕はここが地元だからアドバンテージがあっただけですよ。ただの偶然です」
「えー? それでもあんだけでわかるのすごくないですか? それに喋り方とか、後輩の俺にもクソ丁寧じゃないですか。それ地味にすげーって思ってますよ。中学の時の先輩とか、威圧してくる人ばっかでそういう人いなかったから。なんか大人っぽくていいですよね」
「これはもう……中学がひどかったから矯正みたいなもんですよ……」
「あといつも落ち着いててすごいですよね。イズミ先生と話してるときも全然いつも通りだったし。俺、すーぐアガってわけのわかんないこと言っちゃうからまじで憧れですよ」
「きみだって慣れれば…………」
「てか、そう! 俺そもそもサトル先輩に憧れてこの部活入ったんですよ!!」
「…………」
ポンポンと自分のいいところを挙げられ、始め顎の位置にあったサトルの手はどんどん上がり、口元を隠し、頬を覆い、とうとう鼻まで覆い隠した。顔の上半分を眼鏡と前髪、下半分を手のひらで覆って下を向く。
ジンゴはわざわざ立ち上がってその顔を覗き込んだ。
「照れてる? なあ照れてんの??」
「……うるさい…………」
サトルは顔を逸らし、空いてる方の腕でジンゴの身体を遠ざけた。ジンゴの笑い声がケラケラと教室中に響く。
その顔を睨みつけてから今度はカイを見上げる。少しだけ目線を下げながら小さな声で、
「くっ……。憧れなんて……理解から最も遠い感情ですよ…………」
「……わあ裏切るやつ」
照れ屋の先輩は下を向いて大きく深呼吸して、それから仕切りなおすみたいにひとつ咳をした。
そして再びこちらを向いたときには、もういつもの彼だった。長めの前髪に大きな眼鏡。その奥の細めた瞳と上がった口角の角度は、計算したみたいに完璧な笑顔だ。
(あれ、でも――。なんかちょっと違うかも?)
カイは思わずサトルの顔をまじまじと見つめ、内心で首をひねった。
この計算したみたいな笑顔は何回か見たけれど、よく見るといつものとは少しだけ違う気がする。あのぎこちない、距離を感じるような笑顔とも違う。どこが、と言われると具体的にどうとは言えないのだけれども。ともかく、何かが少しだけ違う気がする。
(――雰囲気? なんか、いつもより柔らかい、ような?)
そんなカイの疑問をよそに。
先輩は大きな眼鏡の奥で、涼し気な瞳をやわらげて。
「改めて、お悩み相談部へようこそ、カイくん。これから3年間、がんばりましょうね」