4月14日、木曜日。
放課後、午後5時。職員棟、生活指導室。
「さっそくだけど。昨日私が話したこと。端的に言えば、一部の生徒間で自傷行為が流行ってるんじゃないかってこと。それをあなたは明確に否定したわよね――トイマくん。理由を聞かせてくれないかしら」
翌日、和泉と向かい合ったカイはカチコチに緊張していた。
昨日はほぼジンゴ先輩とサトル先輩が話しているのを後ろから眺めているだけだった。けれど先輩に「俺、後ろで見守る係やるから! 今日はカイが前座れよ」と言われたら断るわけにもいかない。
(うへぇ~どうせ喋るのほぼサトル先輩だけど……。緊張する~~!!)
これは回数をこなせば慣れるものなのだろうか、それとも元々の性格なのだろうか。チラリと横目で見ても、先輩の表情はいつもとなんら変わらない。
「そうですね、では」
物静かに見える外見と、計算したみたいに完璧な笑顔で。
「昨日の朝のことから思い出してみましょう」
サトルはゆっくりと話し出した。
アカリは一昨日までの時点でイエローカード2枚だったこと。そこで校則違反者名簿を確認したところ、佐藤と木村も同じく、イエローカード2枚だったこと。さらにその3人は彩樫市駅を使用していること。
「――以上から、あと1回遅刻してレッドカードになるのを避けるべく、彼女たちは本来通りぬけ禁止の近道を通ったのではないかと僕たちは予想しました」
「ひとついいかしら」
彼の説明を静かに聞いていた和泉は、ここで初めて声を上げた。
「あなたの話は確かにそれっぽいけれど、それなら、今までにも同じ怪我をした生徒がいるはずじゃない? その抜け道っていうのがまさか昨日突然開通したわけじゃないんでしょう? それに、単に道に危ないものがあって怪我したっていうのなら、怪我をした男の子がいないのはおかしいんじゃない? 女の子しか通らなかったなんてこと、あるかしら」
昨日ジンゴに指摘されたのとほぼ同じことを言われ、サトルは「その通りです」と微笑んだ。同じことを自分が言ったら「いい質問ですね」と言いそうだと、カイはぼんやり考える。
「僕たちもそれが気になりました。そこで、実際に行って確認してきたんです。――カイくん」
「あっはいっ!」
名前を呼ばれカイは大慌てで資料を取り出した。慣れない手つきで和泉の前に置いたのは3枚のコピー用紙だ。どれも写真が引き伸ばされてプリントしてある。
「これは……?」
「怪我をした3人が通ったと推測される通りです! 1枚目を見てください!」
上ずった声でカイは話し出す。
彼女が来る前、「せっかくだからカイくんにも喋ってもらいましょう」と言われ、「え!? 俺も!?」と驚いている間に先輩ふたりの話がまとまってしまった。実際に行って確認したことは自分に喋ってもらおうと。
1枚目の紙に写っているのは、一本の細い通りだった。日が沈みかけている時間に撮ったため見づらいが、右側を高いレンガ塀、左側をフェンスに囲まれている。そしてその入り口には板と棒を組み合わせてできた看板が立っていた。右側のレンガ塀に寄りかかるように傾いた看板が。
「看板がありますよね。それを拡大して撮ったのが2枚目です! 『私有地につき通りぬけ禁止』と書いてあります!」
「そうね。だから村瀬さんはここを通ったことを隠したのね」
和泉は頷いたものの、チラリとサトルを見た瞳は言外に「だからなに?」と語っていた。この道が通りぬけ禁止である理由はわかったが、これでは自分の質問の答えにはなっていない。
けれど見られた方はなにも答えず、後輩が話すのに任せていた。
「で、ええと……。一枚目に戻ってください!」
たどたどしい順序で話す一年生に内心イライラしながらもそれに従う。彼女が戻した視線の先を、カイは指さした。
「この看板、傾いてますよね。これが犯人です!」
「えっと……?」
和泉先生も首を傾け、今度こそ真っ直ぐにサトルを見た。
サトルは目を細めて逡巡してから、
「ありがとう、カイくん。ここから先は、僕が」
ひとつ礼を言って身を乗り出した。
(ふう、助かった!)
息を吐きだし背もたれに深くもたれる。そしてカイはまた、サトルの静かな声に耳を傾けた。
「見てわかるように、この看板は傾いています。けれどずっとこの角度だったわけではありません。昨日の朝、この看板を傾かせる出来事がありました。……地震です」
少しだけ溜めて、和泉が何か言う前にサトルは答えを言った。机を挟んで彼女が息を呑むのが伝わってくる。
「ここまで言えばもうわかるでしょう、あとはご想像の通りです。昨日の朝の地震でこの看板は傾きました。そして遅刻しそうになった彼女たちはこの看板の横を通りぬけた。それまでは真っ直ぐ立っていたから何も起こらなかったものの……この角度です、角で引っ掻いたのでしょう。写真だとよくわからないかもしれませんが、この看板、金属製なんですよ。フチはかなり鋭くなっていました。3枚目の写真を見てください、左下の角を拡大したものです。血がついていました」
流れるような説明を聞きながらカイは昨日の帰り道のことを思い出していた。