「これで『誰が』はわかりました。次に『どこで』を考えましょう。怪我をした3人は市駅から登校しているようです」
数分後。カイはようやく幻の3年生部員が生徒会長だったという驚きから脱出した。この数分間に「この部、生活指導委員長と生徒会長がいるんですか!?」とか「確かに生徒会選挙この前あった!!」とか、彼がひと騒ぎしたのは言うまでもない。
そして話を戻したサトルに、カイは小さく手を挙げた。ひとりだけ大騒ぎしたあとに先輩に向かってこんなことは、とても言いづらいけれど。
「あのー。でも結局、3人が市駅ユーザーだとしても。アカリ先輩が言ったみたいに、だったらもっと怪我した人がいるんじゃないですか?」
アカリがいる時にもこの話は出た。そしてサトルも含め、その場にいた全員がその意見に納得した。だから蒸し返してなにか言われたらどうしよう、とも思ったのだが。
「ええ。もし全員が同じ道を通っているなら、ね」
首をかしげながら言うカイにサトルはニコリと目を細めた。
「……あ、そうか、確かに。駅から学校までの道、別に一本じゃないですもんね」
カイはそう頷いたが、それに反論したのはジンゴだ。
「いやいや、確かにルートはいろいろあるけどさ。下校ならともかく登校だぜ? 学校までの最短コースは決まってるだろ。ましてや今はあいさつ運動中で、遅刻したらいろいろダリーのに。ふつー寄り道とかするか?」
「それも、確かに……」
カイは小さく呟いた。
一度はサトルの意見に納得しかけたものの、ジンゴの言葉にわからなくなる。
(ふたりとも言ってることは間違ってないもんな。サトル先輩の言うようにルートは1個じゃないけど、でも、ジンゴ先輩の言う通り、朝は普通最短ルート通るよな……?)
サトルは考え込むカイを横目で見つつ、隣人であり先輩でもあるジンゴへ言い切った。
「逆ですよ、ジンゴさん。あいさつ運動中だからこそ、この、和泉先生の自傷行為流行疑惑は起きたんですよ」
カイはその台詞にまた首をかしげる。今日は首が右に左にと忙しい日だ。
「さっきみんなで話していたとき。アカリさんは嘘をついていました。2回」
サトルの突然の言葉に、ジンゴとカイは顔を見合わせた。彼女が嘘をついているような場面、あっただろうか。30分ほど前のやり取りを必死に思い出す。
「……1個は、あれか? スカート丈。あいつ絶対登下校中は短くしてるだろ」
「正解です。さて、もう1個は?」
「……登校中なにもなかったってとこですか?」
思い返しても、アカリが嘘をついているような場面はない。けれど話の流れ的にそうだろうなと思って出した答えに、サトルはまた「正解です」と頷いた。
「アカリさんは嘘をつくのがうまいですね。少なくとも、和泉先生よりは、ずっと。でもその話をしていた時だけやや声が上ずっていたし、普段よりオーバーアクションだった。つまりスカートは短くしているし、登校中に危険なことや変わったことがあった」
淡々と話すサトルの表情は変わらない。なのに、聞いてる方の目がキラキラと輝いていく。カイの中の先輩尊敬パラメータはうなぎ上りだ。それを抑えきれず、カイはとうとう口に出した。
「――すっげーー!! サトル先輩すごいっすね!! 俺、全然わかんなかったです!」
「注意して見てればわかりますよ」
「え~、俺いまめっちゃ思い出してるけど、言われても全然わからないですよ! 先輩すげえ!」
「……僕は去年アカリさんと同じクラスでしたから。そういう意味ではふたりよりアドバンテージがあっただけです」
「とか言って初対面でも見破るくせにな! いいぞカイ、もっと言ってやれ! コイツすごいだろ?」
「はい! サトル先輩超カッコイイです! マジ見習いたい!!」
「…………」
カイの怒涛の褒め言葉にサトルは顔を逸らした。丸眼鏡と前髪に表情が覆われる。それをジンゴは下から覗き込んで、
「照れてる? なあ照れてる??」
「別に……」
「ひひひひっ! 照れてんじゃ~~~ん、こっち向けよ」
「あ~ジンゴさん揺らさないで。放して。くそっ」
「出た元ヤン」
「元ヤンじゃないです」
「元ヤンなんですか?」
「元ヤンじゃないです」
ニヤニヤと伸びてくるジンゴの手を逃れたサトルは、仕切りなおすようにひとつ咳ばらいをした。
「話を戻しますよ。この時点で、『アカリさんは登校中に怪我をした』ということがわかります」
言い切る先輩に対し、カイはまたおずおずと小さく手を挙げた。
「あの、でも、アカリさんは『どこで怪我をしたか覚えてない』って言ってましたよね。それに『登校中は何もなかった』って」
「でも『登校中は何もなかった』は嘘なんじゃん? や、でも、そこで嘘つく理由もよくわかんねぇな。登校中に偶然怪我したなら、普通にそう言えばいいじゃんな? 悪いことしてるわけでもあるまいし」
「それ。そこが今回のポイントです」
首をかしげるふたりにサトルは一本指を立てる。
「おそらくですけど、彼女の『どこで怪我をしたか覚えてない』という言葉は本当でした。少なくともあの時点では。でも、僕が登校中の様子を聞いて彼女は何か思い出した。それで怪我の心当たりもわかったのでしょうが、それを隠した。さて、どうして隠したのでしょうか?」