4月13日、水曜日。
放課後、午後6時15分。職員棟、生活指導室。
「で、どういうことなんよ」
和泉が保健室に戻り、アカリは帰宅し、他の生活指導委員の生徒もいつの間にか帰っていた。パーテーションは3人で手早く片付けられ、すでに普通の教室内部に戻っている。
3人だけになった教室で、ジンゴは逆向きの椅子にまたがるように足を広げて座っていた。背もたれに身体を預け、後ろの机に頬杖をつき、そこに座るサトルをニヤニヤとすくい上げるように見つめている。彼の明るい茶髪は夕陽のせいで真っ赤に染まり、今は生活指導委員長どころかただの不良にも見える。
「その顔やめてくれません?」
サトルの態度は先ほどと同じく素っ気ない。長めの前髪を揺らしてため息をつく。顔の大部分はその前髪と眼鏡で隠れているが、彼の表情の変化は乏しく、そうでなくても腹の底を推し量るのは容易ではない。
「先輩、俺も気になります! 早く教えてくださいよ!」
その隣に座ったカイは彼を急かすように身体を乗り出した。先輩の剥き出しの口元が少しだけ歪んだのに気づかず、いつものように声を出す。
「イズミ先生の相談は、結局、リスカなんですか? 鎌鼬なんですか?」
「鎌鼬ではないです。あと声が大きい」
「す、すみません……」
少しだけ身体を離しながらサトルはピシャリと言い切った。縮こまるカイをよそに眼鏡の弦に手を当て、
「そしておそらく、自傷行為でもありません。――とはいえ、まだ仮説の段階なので。ジンゴさん、キキさんに電話してもらってもいいですか?」
「佐藤と木村か?」
「そうです、ふたりの登校経路を。これで市駅ユーザーじゃなかったら僕の仮説も白紙に戻ります」
今日保健室を訪れたらしい残りふたりの名を挙げ、ジンゴはスマホを取り出した。その場で電話をかけて話し出す。
「あーもしもしキキ? オレオレ。いまへーき? 3年6組の
1分足らずで通話終了のボタンを押し、ジンゴは指を鳴らした。
「ビンゴ。ふたりとも市駅ユーザー」
サトルは軽く息を吐きだした。その顔に安堵が混じるのを、ジンゴだけが気が付いた。
「よかった。僕の考えは正しそうですね」
「先輩、そもそもどうやってふたりの名前を当てたんですか? イズミ先生はヒントもなにもくれなかったのに」
「俺もそれ気になるわ。アカリとなんか関係あるん?」
サトルにふたりのアツい視線が集中する。丸眼鏡を軽く押し上げて、
「そうですね……。まずは『どこで』の前に『誰が』からいきましょうか。カイくん、アカリさんの特徴と言えば?」
「えっ。陽キャ……?」
急に指名されてつい真っ先に思いついたことが口をつく。やべっと思ったときにはもう遅い。
「……もうちょっとなんかあるでしょう」
眼鏡で隠れていてもわかるくらいの呆れ顔をされ、顔が真っ赤になる。
「はい先生」
「はいジンゴさん」
「かわいい」
「真面目にやってください……?」
「立派な特徴じゃーん。違うなら聞き方が悪いと思いまーす」
言い方は突き放すようだが後輩を見つめる目は温かい。
サトルは少しだけ眉を寄せて数秒考え、
「……和泉先生の疑惑の生徒3人のうち、ひとりはアカリさん。となれば、アカリさんを軸に他のふたりを考えるしかありません。なので、今までにわかっているアカリさんのことで、和泉先生の相談の解決になりそうなこと。その手がかり。を、いくつか挙げてください」
「だそうです。カイ、なんかある?」
ゆっくりと言いなおし、ジンゴがパスを回してくる。カイは今度こそと意気込んだ。
「はい! まず、市駅ユーザーですよね! えぇっと、あと……」
「いくつか」と言うからには、サトルの想定する答えは複数あるのだろう。けれど思いついたのはそれだけだ。どんどん尻すぼみになる声を聞いて、ジンゴも両手を挙げる。
「俺もそれしかわかんねぇ。先生、答え教えて」