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Ep4.あいさつ運動


 今週は生活指導委員主導の「あいさつ運動」週間だった。登校時刻の8時~8時20分までの間、正門に立ち挨拶をする。場合によっては服装検査も。委員長のジンゴは毎日参加していたが他の生徒は当番制で、今日はカイたち3組の担当だった。


 そして予鈴ギリギリアウトのタイミングで校門に滑り込んだのが彼女――村瀬ムラセ朱莉アカリだった。

 アカリは生活指導の先生に怒られたあと、足から血を流していることを指摘され保健室に駆け込んだのだ。と同時に度重なる遅刻の罰として放課後に反省文の作成を命じられ、先ほどまでジンゴに反省文音読の刑に処されていたのだった。


「へえ、そんなことが……」

「カイお手柄じゃーん」

「いや、えへへ」


 話を聞いて頷くサトルの横でジンゴにグリグリと頭を撫でまわされ、頬が緩む。

 そんな男子3人に囲まれながらもアカリは、


「あー、この怪我? いやさ、ホントにどこでやったか覚えてないんだよね。昨日お風呂入った時にはなかったと思うんだけど……」


 黒いプリーツスカートをまくってガーゼを撫でながらそう言った。


 2年生の彼女は去年サトルと同じクラスだったらしい。「アカリさんと同じ位置に怪我をした生徒がいて、和泉先生が心配してるんですよ」という、全部は言っていないけれど嘘もついていないサトルの絶妙な説明に、彼女は素直に頷いていた。


「こら、村瀬さん。男子の前でスカートまくらないの」

「はぁーい。わかりました、イズミちゃん」


 ペロリと舌を出すアカリに「ちゃんと先生って呼んでね」と和泉はため息をつく。それを横目に、サトルは顎に手を当て考え込んでいた。


「昨日まではなかった……。アカリさん、電車通学ですよね?」

「そだよ」

「使ってる駅、市駅じゃないですよね?」


 彩樫高等この学校では電車通学の生徒がほとんどだ。そしてその場合、路線によって最寄り駅は3種類ある。

 いちばん使用者数が多いのは最寄りの彩樫駅。通称「ムジルシ」。

 次に多いのが彩樫市駅、通称「市駅」。こちらは彩樫駅ムジルシと比べると遠く、徒歩20分弱の場所に位置している。

 そして最後が彩樫中央駅、通称「中央」。


 だからこの3択で当てずっぽうに聞くならいちばん正解率が高いのは彩樫駅ムジルシなはずだけど。

小首を傾げて聞くサトルにアカリは頷いた。


「そだよー、市駅。知ってたん?」

「……去年同じクラスでしたから。それより、登校中になにか危ないこととか変わったこととか、ありませんでした?」

「えェー、ナイナイ! ていうかさ、登校中に怪我したんだとすれば、逆にもっといっぱい怪我人いるんじゃないの? 彩樫駅ムジルシに比べたら市駅ユーザー少ないけど、3人ってことはないっしょ」


 身を引いて顔の前で両手を振りながら言うアカリに、サトルはまた考え込んだ。


「確かに……。それも一理ありますね」

「うちの学校って生徒数何人なんですか?」

「ひとクラス40人前後、それが1学年12クラスのかける3ですね」

「ってことはだいたい1500人ですか。めっちゃいる……」


 カイは素早く暗算した。仮に市駅を使ってる生徒が全校生徒のうちの3割だとしても、400人強。そのうちの女子だけに絞っても200人以上はいる計算になる。それだけの人間が同じ道を通るのならば、アカリの言うように、怪我をした人間が3人というのは逆に少なすぎる気がしてくる。


(もし怪我をしたのが通学路なら、どっちかというと通り魔っぽいっていうか……。例えばそう、)


「なんかこれ、鎌鼬カマイタチみたいですよね」


 大きな眼鏡越しに机の一点を見つめ考えるサトル。中身のないやり取り、ちょうどそれが途切れたジンゴとアカリ。彼らを見守る和泉。


 ふいに訪れた静寂の中、カイの一言は音量以上に大きく響いた。サトルに話しかけたつもりだった彼は一斉に集中する視線にたじろいだ。


「や、その……」

「出た。オカ研」


 またしても最初に反応したのはジンゴだった。パチンと指を鳴らして、そのまま指差してくる。カイが何か言う前に、


「オカ研? ナニソレ? そんな研究会あるの?」


 アカリが首をかしげてジンゴが答える。


「オカルト研究会の略な。カイは妖怪とか好きで、オカ研作りたいんだと」

「そうなんです! 彩樫市この街は妖怪伝説とかも多くて、気になってて!!」

「へーえ? がんばってね?」


 目を輝かせるカイにアカリはいかにも興味なさげに言う。温度差は歴然だったがカイはそれに気づかず、


「サトル先輩! どうですか! 鎌鼬説! これならいつの間にか怪我してた理由もスカートの下なのも説明付くんじゃないですか!?」

「……なるほど完璧な説明ですね、現実に鎌鼬がいないという点に目をつぶれば」


 バサリと一刀両断されて肩を落とした。


「うぅ、サトル先輩、冷たい……」

「慣れるんだ、カイ。コイツはいつもこんな感じだ」

「ジンゴせんぱぁ~い」

「他にどう反応しろって言うんですか……。でも、鎌鼬。結果だけ見れば、確かに……」


 後輩の考えを即斬り捨てながらも、サトルはじっと顎に手を当てた。




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