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Ep2.お呪い?

「いるにはいますけど。ジンゴさんに個人的な用件が?」

「あ、いや、ううん。そういうわけじゃないんだけど。この部活はジンゴくんの部って聞いてたから」

「ああ、なるほど。確かにジンゴさんが部長ですけど、ちゃんと他の部員もいますよ。昨日新メンバーも増えて、今は4人です」

「4人……。女の子もいるかしら?」

「いますけど、今日は来てないですね。忙しい人なので」

「あの、俺、ジンゴ先輩呼んできます!」


 女性教師が入ってきた途端、スイッチを切り替えたみたいにサトルは笑顔になった。カイと話していた時も何度か距離感を感じる笑顔を浮かべていたけれど、それとはまた少し違う。大きな丸眼鏡と長い前髪の下でもわかる、計算したみたいに完璧な笑顔。


 その切り替えの早さにうわあと思いつつ、なんとなく触れてはいけない気がして咄嗟にその場を離れる選択肢を選ぶ。とはいえ、呼びに行く、と言うほどの距離でもない。


「ジンゴ先輩! ちょっと、こっち来れますか?」

「うん? あれ、イズミちゃんじゃん」


 パーテーションの向こう側で他の生徒とおしゃべりしていた彼は、すぐにこちら側に顔を覗かせた。


 明るく染められた髪を細いカチューシャで雑にオールバックにまとめ、その下に人懐っこい笑みを浮かべている彼こそが――生活指導委員長にしてお悩み相談部部長、仁吾ジンゴ未来ミライその人だった。3年で生活指導委員の人気を最下位から最上位に押し上げた学校のスター的人物にして、カイが生活指導委員に入った理由そのものの人。


 その威光は生徒にとどまらず教師の間にも届いていた。彼の言葉に白衣の女性教師――和泉イズミ真衣マイは「こらっ」と茶目っ気たっぷりに返した。


「私だって一応教師なんだから。ちゃんと先生って呼んでよー、ジンゴくん?」

「はーい、イズミちゃんセンセ」

「もう、言い方。今日は体調大丈夫なの?」

「へーきっすよ。今日は元気」


 和泉は養護教諭、いわゆる保健室の先生だった。口ではジンゴのことを叱っているものの、本心ではまったく気にしていなさそうだ。輪郭の丸い笑顔に黒髪のボブがよく似合い、まだ大学を卒業してそう経っていないのか、歳もかなり近く見える。おまけにぱっちりした二重でかわいらしい顔立ちとなれば。


(保健室の先生……アタリじゃん!!)


 内心色めき立つカイをよそに、ジンゴは当然のようにさっきまでカイが座っていた椅子に腰かけた。そして先輩ふたりは淡々と話を進めだす。


「それで、和泉先生。今日はどうされました?」

「ヘンな症状の生徒とかいた?」


 背筋を伸ばしてニコニコと問いかけるサトルと、机に肘をつき下から覗きあげるように訊ねるジンゴ。椅子だけ引っ張ってきたカイは、その後ろ姿をドキドキと眺めていた。


 和泉も背筋を伸ばした。大きく息を吸って、真剣な表情になる。ジンゴと話していた時のふわふわとした雰囲気が一気に固くなる。その姿に、ああやっぱりこの人も先生なんだとカイは思った。


「うーん……。まず最初に確認したいんだけど。ここで話したこと、他の人には絶対言わないって約束してくれるかな」

「ええ、もちろんです」

「あったり前じゃ~ん。相談内容は他言無用ですよ」

「はい! 俺も! 絶対言いません!!」


 三者三様、けれど中身はひとつの返事を聞いて、彼女は少しだけ息を吐きだした。


「ありがとね、3人とも。……これ、本当は生徒に相談なんてするもんじゃないってわかってるんだけど。もしかしたら同世代の子の方が知ってることがあるかもしれないって思って。その……なんていうか、ヘンなおまじないとか、流行ってたりしない?」


 長ったるい前置きの後、和泉先生は妙に歯切れの悪くて曖昧な質問を投げかけた。サトルとジンゴは顔を見合わせる。


「……『ヘンな』、というのは。もう少し具体的には?」

「そーだぜ和泉ちゃん。話せないなら話せないでいいけど、それじゃ相槌も打ちづらいぜ?」

「うーん、そうね……。例えば、自分の血で文字を書くと相手と結ばれる、とか……?」

「ナニソレ呪いじゃん」


 ジンゴはわけがわからないという風に返し、カイもそう思ったが……サトルだけが、「ああ」と頷いた。


「ここ最近、自傷行為で保健室を訪れる生徒が多い。それも女子生徒が。そういうことで合ってます?」


 その言葉に和泉は「まあ」と口を押さえた。カイも驚き目を見開く中、ジンゴだけがニヤニヤとサトルの顔を眺めていた。


「え、ちょ、サトル先輩! なんでそうなるんですか? 和泉先生はそんなの一言も――」


 つい後ろから口を挟んだカイに、


「簡単な連想ゲームですよ」


 サトルは振り返って丸眼鏡を押し上げた。


「和泉先生は保健室の先生です。つまり怪我をした生徒の面倒を見る。そして『自分の血で文字を書く』という例え話。血で文字を書くためにはまず自分の血を流さないといけません。これは自傷行為を連想させます。そういう話であると考えれば、やたら多い念押しや前置きにも納得がいきます。――自傷行為をしている生徒がいるなんて、あまり広がってほしくはないですからね」


 サラサラと流れるような説明を聞き、カイは「はあ、なるほど」と頷くことしかできなかった。その顔を見ながら、なぜかジンゴの方が嬉しそうに「な、こいつすごいだろ?」とサトルの肩を揺らしている。


(自傷行為って、リスカとかだよな? 確かに言われたらそう思えるけど……。あれだけでリスカは思いつかないなあ)


 素直に感心しながら頷いて、もうひとつ気になったことを聞く。


「女子生徒っていうのは? それこそ、和泉先生は一言もそんなこと言ってなかったですけど」

「ちょ、ジンゴさん、揺らさないで……。女子生徒っていうのは、一番最初に言ってましたよ。僕がお悩み相談部は四人だって言った時に、『女の子もいるかしら』って。それだけならただの世間話かもしれませんが、その後和泉先生は『おまじない』と言った。そういうの好きな女子は多いですよね。おまじないとか占いとか」

「俺も夢占いするぜ?」

「ややこしくなるから口挟まないでください……。ともかく、相談内容が女子生徒の流行に関することなら、同じ女子生徒から話を聞きたいと思うのも当然ですよ。――それより、今までの話は僕の妄想にすぎません。実際のところどうなのでしょう、和泉先生」


 3人の視線が集中する。注目の中、和泉は胸の前でゆっくりと手を叩いた。ぱち、ぱち、ぱちと小さな音がする。


「すごい。ええと、トイマくん、といったかしら。見事な推理ね。当たらずとも遠からず、といったところね」

「そんな、推理なんて。ただの連想ゲームですよ。でも、当たりではなかったようですね」


 サトルはまた眼鏡を押し上げ、その手を顎に軽く当てた。小首を傾げて、計算したみたいに完璧な笑顔で。


「では、正解を教えてもらえませんか? 和泉先生」


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