(予想できるでしょう、って言われても……)
先輩は簡単にそんなことを言うけれど、正直カイにはまったく想像がつかない。首を傾げながら恐る恐る口を開く。
「……借りる?」
「誰に?」
「えっと、友達とか」
「友達、も、まあありますけど……。さっきの話で、ハツネさんは、渡辺さんは誰から教科書を借りていたと言っていました?」
「えーっと……。あ、隣の人!」
「そうです、隣の人。隣の席の男子です。ここまでくればわかるでしょう」
「…………渡辺さんの友達は、渡辺さんを通して間接的に隣の人をいじめたかった?」
眉間に皺を寄せて考えカイが出した回答に、
「全然違う……」
サトルはぐったりとうなだれ大きなため息をついた。
「言ったじゃないですか、僕はいじめとかそういう、悪意のあるものではないと思ってるって。カイくん、いじめから一旦離れてください」
「離れろって言われたって……。でも、渡辺さんの物が隠されてるのは事実じゃないですか! それで悪意がないとか……。わけわかんないですよ」
今日何度目かわからないこんなやり取りに、サトルはまたわざとらしく大きく息を吐きだした。「いいですか」と出来の悪い生徒を見るような視線を向けてくる。
「確かにいいやり方とは言えないけど、悪意はないはずです。……カイくん、ハツネさんの言ってた渡辺さんの性格、覚えてます?」
「おとなしいタイプですよね。その友達は反対に明るいタイプ。きっとモカ先輩とレオラ先輩みたいな感じですよね」
癖のある先輩たちのことを思い出しながら言った言葉にサトルは「そうですね」と頷いて、
「そしてふたりは中学からの友達だった。ということは、他の人たちが知らないようなこともふたりの秘密として話していたりするわけです。──例えば、好きな男子の話とか」
「? あ。うーん……。えーー??」
「……わかったのかわかってないのかはっきりしてくださいよ」
「わかったような、わかってないような……?」
好きな男子。
そのワードで、やっと点と点の間におぼろげな線が見えてきた気がする。
右に左に頭を傾けながら、カイはゆっくりと思ったことを話しだした。
「えーっと、サトル先輩の言いたいことをまとめると……。渡辺さんはクラスに好きな男子がいた。それで最近あった席替えで、その男子と隣の席になった?」
「……それで?」
先輩に続きを促されカイはまた恐る恐ると言った様子で、
「渡辺さんの友達は、渡辺さんがその男子と話すきっかけになるように、わざと教科書とかペンとかを隠したりした?」
「正解です」
サトルは大きく頷き、カイは胸に溜まっていた息を吐きだした。
「もしかしたら明確な『好き』とまではいかなくて、『ちょっと気になる』とか『クラスでいちばんカッコいいと思ってる』とか、その程度かもしれませんけどね。けど、渡辺さんの友達としては、その男子と渡辺さんが仲良くなるのを助ける気持ちでそういうことをしたと。渡辺さんを通じてハツネさんからいじめを疑われているとわかれば、きっとそういう行為はおさまるでしょう」
サトルはやっとわかったかと言わんばかりに満足げに言い切った。
……普段ならここで「サトル先輩すげー!」となるところだけど、なんとなくカイはまだスッキリしなかった。何が引っ掛かっているのか考えながら、息と一緒に吐き出していく。
「でも、なんか、俺まだちょっとモヤモヤするというか……。仲良くなるのを助けるために物隠すとか、普通します? フツーに迷惑じゃないですか」
立ち上がりかけていたサトルは再び座り直した。顎に手を当てながら、
「迷惑と言えば迷惑とも言えます。カイくん、彼女たちの性格、もう一回ちゃんと思い出せますか? 第三者のハツネさんにはなんと言われていたか」
「えっと……。渡辺さんはあんまり喋らないおとなしいタイプ。その友達は明るいけどちょっと自己中っぽい」
「そうです。渡辺さんは自分から発言するタイプではない。だからせっかく好きな人と隣の席になったのに、このままではロクに話せないまま終わってしまうとそのお友達は心配したのでしょう。明るいけれど自己中っぽい──その子の中では、『渡辺さんの私物を隠す』という行動が正義だったはずです。自分のおかげで渡辺さんは隣の男子と話せるようになって感謝されると、そう思っていたかもしれませんね」
「それ、渡辺さんからしたらいい迷惑じゃないですか。友達やめてもおかしくないですよ」
「それは──そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
サトルは今度こそ本当に立ち上がった。下から見上げる先輩は――なんとなく、いつもより大きく見える。
「他の誰が見ても親切と思う行為が迷惑なこともあるし、逆に一見迷惑なありえない行動に救われたりもする。相手の行動をどう思うか、その子と友達を続けるか、決めていいのは渡辺さんだけですからね」
「それは……そうですけど」
「それにまあ、結局僕が言ったのも机上の空論にすぎません。もしかしたから渡辺さんは本当にいじめられているのかもしれない。それも含めて、なにかあればまた
「はあ。それであんなこと言ったんですか」
同じく帰りの支度を始めたカイに、サトルは眼鏡の奥の瞳を少しだけ細めた。長めの前髪が楽しそうに揺れる。
「相談者がいなくなったらウチは廃部まっしぐらですからね」
「わあ。理由。あれ、でも、前は別に廃部になってもいいって言ってませんでした?」
「僕はいいんですけどね。ジンゴさんがガッカリしちゃうじゃないですか」
「ああ、ナルホド……」
パーテーションを片付け、机をもとの位置に戻す。いつの間にか他の生徒はいなくなり、残っているのはふたりだけだ。
柔らかい西陽に満ちた教室でサトルはまた微笑んだ。
「さあ、帰りましょうか」
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【活動報告】
追記:
しばらくして廊下ですれ違った時に飯田さんから、あの後言われた通りにしたら物を隠されたりするのはなくなったと教えてくれました。渡辺さんと友達はいまも仲良しだそうです。よくわからなかったけど相談してよかったと言ってくれて、俺もよかったです!
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