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サトルクエスチョン
氷室凛
ミステリー警察・探偵
2024年08月21日
公開日
34,041文字
連載中
彩樫高等学校には一風変わった部活がある。
その名も「お悩み相談部」。

クラスメイトの私物が隠される理由とは?
保健の先生が悩む「ヘンなおまじない」の正体は?
なくしたテディベアが数日後に突然見つかったのはなぜ?

元気いっぱい新入部員のカイは、ドS眼鏡な先輩のサトル、明るく頼れる部長のジンゴとともに、今日も不可思議な悩みを解決していく。
日常の謎系青春学園ミステリー、開幕!


※この作品は他サイトに掲載しているものを、若干の修正を加え連載しています。

Ep1.いじめ?

6月1日、水曜日。

 放課後。職員棟、生活指導室。



「あのっ。うちのクラスに、いじめがあるかもしれないんです!」


 入ってきた女子生徒は椅子に座るやいなやそう叫んだ。カイが思わず肩を震わせて身を引くのと反対に、隣の先輩は指を組んで穏やかに頷いた。と同時に、机の下からさりげなく足を踏んづけられる。


「ぴぎゃ」

「クラスにいじめがあるかもしれない。それは穏やかではありませんね。もう少し詳しく聞く前に、自己紹介をさせてもらっても?」


 カイの悲鳴を無視して先輩は笑顔のまま流れるように話し出す。それはもう、目の細め方から口角の上げ方まで、計算したみたいに完璧な笑顔で。


「僕は2年の問間トイマサトルと言います。見ての通りお悩み相談部の部員で、委員会は図書委員やってます。そしてこっちが、」

神宮ジングウカイです! 1年3組です! 部活はお悩み相談部、委員会は生活指導委員、あとオカルト研究会の設立目指してます!!」


 サトルに金縁丸眼鏡の奥から視線を向けられ、カイは背筋を伸ばしてそう言った。

 カイの中では「言った」だが、はたから聞く分にはほとんど「叫んだ」に近い声量だ。もともと声の大きい彼が姿勢を正して気合を入れて言ったものだから、その台詞は教室中に響き渡った。

 ここはパーテーションで区切られた空間だが、その向こうからくすくすと笑い声が聞こえてくる。


 目を丸くしていた女子生徒も、つられたように頬を緩めた。


「自己紹介、そうですよね。すみません、私テンパっちゃってて。初めまして、私は1年4組の飯田イイダ初音ハツネと言います。クラス委員をやっています」

「クラス委員。なら、男女一組ですよね。今日はハツネさんだけですか?」

「ペアの子は、なんか、やる気ないっていうか……。さっき言ったことも相談したら『気のせいじゃない』の一言で終わっちゃって。それで困ってたら、友達からこの『お悩み相談部』を教えてもらったんです」


 お悩み相談部。

 活動内容は「生徒の悩みを傾聴、必要であれば解決する」。


 3年の先輩が去年立ち上げたばかりの小さな部活だ。もっとも、立ち上げた張本人であり部長のジンゴ先輩は、今日は体調不良で欠席だけど。


 休みがちなその人に代わって実質的に部活動を行っているサトルは、またゆっくりと頷いた。


「なるほど、そういうことなんですね。それでウチに来たと。では、詳しい内容を聞かせてもらっても?」

「はい」


 ハツネは背筋を伸ばした。ポニーテールにまとめられた長い髪を揺らし膝の上で手を重ねて話すその様子は、いかにも「クラス委員」といった様子だ。


「そう思ったのは、本当に最近のことなんですけど。うちのクラスに、渡辺さんって子がいるんです。その子が友達……っていうのか、同じグループの子に物を隠されてるんじゃないかって。普段は仲良くしてるように見えるんですけど、隠れていじめられたりしてるんじゃないかって心配で……」

「物を隠されてる? 具体的に、なにかあったんですか?」

「例えば、昨日の古典の授業のことなんですけど。渡辺さんが教科書を忘れたって言って、隣の男子に見せてもらってたんです。でも私その日の朝、教室入ったときに見てたんです! 渡辺さん、普通に教科書見て予習してたんですよ! 予習偉いなって思いましたもん! でも授業のときにはないなんて……」

「えっと、逆にアレかもよ? 他のクラスの友達に貸して、時間までに返してもらえなかったとか」


 カイが必死に考えて言った言葉にもハツネは首を振る。


「でも私見てたんです。授業始まるときに渡辺さんが必死に机の中探して、ないなってなったら振り返ってその友達の方見たんですよ。そしたら、その友達は心配するでもなくケラケラ笑ってて……」


(……それは、いじめられてるのかなぁ)


 1年ふたりの空気が重くなる中、サトルは眼鏡の奥の瞳を細めて首を傾げた。長めの前髪がサラリと揺れる。


「そういうことは、その古典の教科書の他にもあったんですか?」

「はい、私も席が離れてるからちゃんとは確認できてないんですけど……。赤ペンとか、地理の資料集とか、何回か隣の男子に借りてました」

「古典の教科書とか、授業中に借りてたものはそのあと彼女の手元に戻ってきてますか?」

「……たぶん? 言われてみれば、今日の古典の授業は教科書持ってました。借りたのかもしれないけど」

「ふむ。あと、その渡辺さんはどんな性格の子でしょう? 明るい活発なタイプとか、内気なおとなしいタイプとか」

「おとなしい方です。あんまり自分からは発言しないイメージで……。さっき言った渡辺さんの友達とは中学から同じだったみたいでよく話してるんですが、それ以外の人と喋ってるのはあんまり見たことないです。逆にその友達は、よく言えば明るいけど、正直ちょっと自己中みたいなとこもあって……。クラス委員として私もちょっと困ってて」

「なるほど、明るいタイプとおとなしいタイプ……。最後にもう一個。いじめられてるんじゃないかとか、いじめてるんじゃないかとか、そういう話は本人たちにはしましたか?」


 サトルの涼し気な眼に見つめられて、ハツネは気まずそうに顔を逸らした。目を合わせないまま首を振る。


「いえ……してないです。私もまだ確証がないし、ヘタにそういう話をして、エスカレートしたりしたら困るし……」

「なるほど、そうですか。確かに本当にいじめられてて、さらにエスカレートしたら大変ですもんね」


 サトルはゆっくりと頷きながら微笑んだ。


「では、渡辺さんにこっそり、そのお友達から嫌なことをされていないかとかいじめられてないかとか、聞いてみてください。もしそういうことがあればお悩み相談部という部活があると、そう伝えてもらっていいですか? それでもまだ続くようなら、その時はまたウチにきてください」


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