目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第57話

「リチャード様、リチャード様⁉︎ ……目を開けて!」


「……っ、ミタ……リア嬢、この場から走って逃げろ」


 苦しげな声を上げる殿下と従者リル、近衛騎士を見渡して……そうだと思いつく。


「こ、この場を埋め尽くす、大きなオフトン召喚!」


 みんなに、行き渡るくらいのオフトンを召喚した。


「ミタリア嬢、今はそんなことやっている場合じゃない。早く、この場から逃げろ!」


「嫌、嫌です……苦しむ、リチャード様を置いて行けない。一人で行けなんて言わないで……」


 私は嫌々と首を振ってオフトンの上に座り、癒しを発動する。召喚されたオフトンが緑色に光り、リチャード殿下達の怪我を少しずつ治す。


 このまま続ければ、みんなの怪我が治ると信じて。

 ポロポロ泣きながら癒しを続けていた。……あと少し、あと少しだと、癒している私を誰かがオフトンから持ち上げた。


「きゃっ、だ、誰?」


 手を離してと、もがいたけど逃げられない。

 私を捕まえた、誰かは楽しげな声を上げた。


「なんて変わった特殊能力。――『オフトン召喚』と『癒し』は実に愉快です面白い。そして何より獣化した見た目も可愛い、カーエン殿下が欲しがるのが分かります」


(カーエン殿下⁉︎)


 嫌だと、離せと暴れたけど、私を捕まえた手は離れなかった。


「貴様、ミタリア嬢を離せ!!」


「……ふぅ、狼吠ですか? クククっ……今の私に『狼吠ロウホ』は効きませんよ……残念でしたね国王陛下。あなた様が負った怪我は治りましたか?」


「グッ、私の妻と娘に刺客を送ったのはデンス、貴様だったのか!」


(え、獣化研究所のデンス所長が、王妃様と王女様に刺客!)


 だから、いっときリチャード殿下は慌ただしく、国王陛下と話したり、王妃様と王女様に会っていたんだ。


「えぇ刺客を送ったのは私です。陛下にはかなりの痛手を負わせたはず。なのに――そこまで動ける獣化とは、なんて素晴らしい研究材料だ!」


(え、国王陛下が怪我をしている?)


 だから陛下は、一番先に動きそうな場面でも動かず。

 リチャード殿下に任せていたんだ。


「ウググ、デンス……貴様! 私が本調子であれば、お前のその首を噛み砕き、亡き者にしてやるのにぃ――!」


 鋭い牙を見せ唸り声をあげた、陛下の左の袖口から血がポタリポタリと床に落ち、血溜まりをつくっていた。私達、獣化する獣人は傷がただ治りやすいだけで、直ぐに治り、動ける様になるわけではない。 


「デンス所長、どうして? ……こんな酷い事をするのですか?」


「ハハ、酷い事ですか? ミタリアさんにお教えましょう。私ね、ずっと獣化について研究してきたんです……しかし、どれだけ研究しても、獣化するメカニズムは解析されませんでした。だから、もっともっと研究をしたい。獣化する獣人を使って研究がしたい!!」


「獣化する獣人を使う? バ、バカなことを言わないで、そんな事は許されないわ!」


「えぇ、貴女にそんな事言われなくても、私も重々分かっていますよ。でも、研究して解析して――私の長年の夢、私もあなた達の様に獣化したい。私は貴方達がとても羨ましくて、妬ましい」


「…………!」


「それと、ミタリアさん。貴方が大人しく私と来れば――もう、誰も襲いませんと、お約束いたします」


「え?」


 私が大人しく着いて行けば、リチャード殿下達はこれ以上攻撃を受けない。少し、ほんの少しだけと……私の癒しで傷を治したから、後は自然治療で動ける様になるはず。


 カーエン殿下の所に行くなんて嫌だけど。

 私はなにより、リチャード殿下が傷付く姿は見たくない。


「……そんな事はダメだ、ミタリア嬢……いくな」


「リチャード様、ごめんね。私はあなたを助けたいの……デンス所長……わかりました、あなたに着いて行きます」


 本当はリチャード殿下と学園を満喫して、卒業後に彼と結婚して、子供を三人、それ以上産む……って、夢を見ていた。


「嫌だ……ミタリア嬢、行くな!」


 声を上げたリチャード殿下に、私はフルフル首を振った。


「リチャード様、何処に行っても……私はあなたが好き、大好きだよ」


「バカ、ミタリア、俺はどうなってもいいんだ! ……俺も好きだ、お前を愛している」


 ――もっと、もっと一緒にいたかった。


「さあ行きましょう、ミタリアさん。貴女の新しい主人が人族の国で、あなたの到着を首を長くして待っています」 


 デンスは私を抱き上げ、連れて行く。


「ミタリア――!!!」


 リチャード殿下の青い瞳が私を見つめた。

 その瞳は『必ず迎えに行くから待っていろ』と、言っているように見えた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?