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第32話

 時刻は夕方前、陛下とのお茶会も解散の時間。


「楽しいひとときを過ごした。ミタリア嬢、舞踏会では大変世話になったな。それで君の願い事を一つ叶えたい、なんでも言ってくれ」


「私の願いですか? ……あ、持ち手が青色でブーブの毛で作られた、ブラッシングのブラシが欲しいのです」


「持ち手が青色でブーブの毛。ああ、私の知人が作るブラッシングのブラシか……サワ、近くにいるか?」


 シリウス陛下が呼ぶと、犬族の執事の方が音もなく庭園に現れた。


「はい、こちらに」


「私の部屋から新品の青い持ち手の、ブーブの毛で作られた、ブラッシング用のブラシを持ってきてくれ」


「かしこまりました」


 彼は礼をして、ブラシを取りに向かった。

 それを見送った後、シリウス陛下は私を見て首を傾げた。


「どうして? あのブラシが欲しいと思ったのか聞いてもいいかな?」


「はい。王妃様との手紙のやり取りの中で、あのブーブのブラシが、とても良い物だとお聞きいたしました」


「……王妃との手紙のやりとりでか。ミタリア嬢、王妃はそのブラシの事について……何か言っていなかったか?」


 王妃様との手紙の内容――陛下の事が事細かく描かれているので。陛下に言ってもいいもいいかと、言えないでいるとシリウス陛下は勘付き。


「まさか、私のそのままが……王妃の手紙にかいてあったのかな?」


 私は、シリウス陛下の問いにオズオズ頷いた。


「そうか、分かった……私がそのブーブのブラシで気持ちよくしていると、王妃の手紙に書いてあったのだな……」


 リチャード殿下は私たちの談話に入れず、シリウス陛下を見たり、私を見たりしている。リチャード殿下も王妃様との手紙の内容は知らない。


「ミタリア嬢、そのブーブのブラシに何かあるのか?」


「え、ええ「とてもいい、ブラシ」だと、王妃様の手紙に書いてあったので欲しくなったんです」


「とてもいいブラシ?」


 普通のブラシとどう違うのか? 不思議そうなリチャード様に。


「リチャード、あのブラシはとてもいい物だ。おまえもミタリア嬢に、ブラッシングしてもらいなさい」


 と陛下は伝える。

 そこに。


「陛下、リチャード王子、ミタリア様ご歓談中、失礼いたします。シリウス陛下お待ち致しました」


 執事が現れて、新品のブーブのブラシをテーブルに置き下がっていった。リチャード殿下はそのブラシを手に取り眺めた。


「このブラシ、ミタリア嬢が使うにしてはデカくないか? どうみても大型に使うブラシだろう? 俺とか父上とか?」


「……ええ」


 王妃様との手紙のやり取りの中に、このブラシで陛下をブラッシングすると、気持ち良さげに目を瞑ってうっとりしていると聞き、リチャード殿下の為に欲しいと思ったのだ。


「このブラシ、誰に使うんだ?」


「え、誰にって……そんなの決まっています」

「誰だ?」


「リチャード様です!」

「お、俺?」




 ❀




「リチャード、顔が緩んでいる……その顔は部屋だけにしなさい。その、ブーブのブラシはミタリア嬢にお礼として差し上げよう」


「シリウス陛下、ありがとうございます」


 陛下との、庭園でのお茶会の時間が終わりを迎えた、その途端、リチャード殿下が私の手を握った。


「ミタリア嬢、僕の部屋にブラッシングに行くぞ!」


「いまからですか?」


「ほら、早くしないと、ミタリア嬢の帰る時間になってしまう! 父上、失礼します」


「シリウス陛下、失礼いたします」


 手を引かれながら頭を下げると、陛下は微笑んで手をあげた。


 庭園を離れ、リチャード殿下に手を引かれて寝室に着く。彼は寝室に入りカチッとブレスレット外して、オオカミの姿に乗ると、優雅にベッドに寝そべった。


「ミタリア嬢、よろしく」


「はい。リチャード殿下、ブラッシングをはじめますね」


 ひと櫛でリチャード殿下はホワーンとした表情になり、目を瞑り気持ちよさそうだ。


「おお、その櫛は堪らん! ミタリア嬢、もっとブラッシングしてくれ!」


 余りにも気持ちよさそうなリチャード殿下を見て、少し羨ましく感じながらブラッシングした。


 ――本当に気持ちよさそうだわ。



 後日、なんと陛下から、私用のブーブのブラシが贈られる。それを手にしたリチャード殿下にブラッシングされて「ふにゃ〜ん」と、とかされている。

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