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第25話

 この香ばしくビターな香りは、チョコの香りに似ていた。獣人の国には無いこの食べ物が中毒を起こすものと考えたら? それを食べた陛下が倒れた原因になる。


 確証はないけど、あり得ないこともない。

 小さな疑問はつみたいけど……この貴族の中でどう止める。


(あっ、そうだわ)


 王族だけが使える声が、乙女ゲームの中であったはず。

 それは、婚約破棄のあと逃げ出そうとしたミタリアに『ミタリア・アンブレラ、私の足元に跪け』と、リチャード殿下は王族しか使用出来ない力を使った。


 しかし、その力はミタリアに効かず。

 最終的にミタリアは側近リルに捕まることになった。


 その声を使えばみんなの動きを止めれるけど、国王陛下には効かない。そして、乙女ゲームの中で効かなかった私にも効かないはずだ。


 だけど、この手段はリチャード殿下の協力がないと出来ない。いいえ、迷っている時間がない。なんとしても陛下がチョコを食べる前に止めないと。よし、善は急げだとダンス中のリチャード殿下に近寄った。


「どうした? 気分でも悪いのか?」


 私は首を振り?


「リチャード様にお願いがあるんです。訳を聞かずに、この会場内にいる、人達の動きを止められませんか?」


「……はぁ? 会場の人達の動きを止める?」


 いきなり何を言い出したと言った表情、リチャード殿下の反応は正しい。そうだ、私はおかなしな事を言っているのは分かっている。


 ――だけど。


「舞踏会の中に私たちが食べてはいけない、食べ物が紛れています。リ、リチャード様、会場に漂う嗅ぎ慣れない、甘く、香ばしくビターな香りがしたませんか?」


「なに? 嗅ぎなれない、甘く、香ばしくビターな香りだと?」


 リチャード殿下はクンと匂いを嗅ぐ、その動きが止まった、どうやら殿下にも知らない香りがしたようだ。


「ミタリア嬢に言われるまで気づかなかった……微かだけど、嗅いだことがない『香ばしくビターな』香りがしている。この香りの食べ物を食べてはならないのだな?」


 私はこくりと頷く。


「分かった、ここにいる者の動きを止める……使用するのは【狼吠】か……」


狼吠ロウホ?」


 リチャード殿下が簡単に説明してくれた『狼吠』とはーー王族だけ使用できる声。私たち獣人はその声の重圧に押され、皆は膝を折り服従してしまう。


「……しかし、狼吠をやるのはいいが。後で父上、関係者達に、こっ酷く怒られる覚悟はあるのか。父上は睨み一つで、俺もミタリアも動けなくなる」


 私は覚悟はあると、リチャード殿下に伝えた。

 その時――ハッと、殿下は壇上に視線をやった。


「ミタリア嬢、父上がいまカーエン殿下に勧められて、いまにも食べそうな、アレか?」


 陛下が? 目線を送るとカーエン殿下に勧められて、茶色い、何かを摘もうとしている姿が見えた。


「はい! 香ばしくビターな香りのあの食べ物ですわ。今から私が獣化してお止めいたします。私が走ったらリチャード様は『狼吠』をお願いします」


「なに? この場で獣化するのか?」


「はい、獣化した方が貴族達の足元を走れ、素早く動けます」


「そうだが……ミタリア嬢の獣化を皆に見せたくないが、父上が危ないのであれば……分かった」


「ありがとう、リチャード様」


 私は背伸びして、リチャード殿下の頬にスリッと頬を寄せた後。殿下に腕輪を外してもらって、瞬時に姿が変わり、髪飾り、宝飾品、ドレスがコトッと床に落ちる。


 いきなりダンスの途中、リチャード殿下のパートナーの姿が消え。みんなの視線が集まった時、殿下の息を吸う音が聞こえた。


「【我、王族となる権限。この会場にいる者たちよ、僕の足元に跪け】」


「なっ?」

「キャッ!」


 会場内の貴族達、料理人、音楽隊、騎士がリチャード殿下に向けて跪き動けなくなる。その突然のリチャード殿下の行いで陛下の手は止まった。カーエン殿下と側近はリチャード殿下の支配下でも動ける様だ。


 彼らに【狼吠】は効いていない。


 私は怖さと興奮で体と尻尾をまんまるにして、必死に会場内を走り、飛び、陛下が摘み今にも口にしそうな四角い食べ物を陛下から奪い取った。


「やった!」


 すぐに匂いを嗅ぐと――それはまさしく懐かしい、甘く、香ばしくビターな香りがした。


(これ、チョコだ! それも高級なカカオの香りがする)


「君はリチャードの婚約者のミタリア嬢だな。このような場所で獣化などをして、何をしている?」


「あ、黒猫ちゃん? この子がリチャード殿下の婚約者? 庭園で会ったミタリア嬢か〜可愛い」


 壇上に現れた1匹の黒猫の襲撃に、陛下は眉をひそめて、カーエン殿下は私を見て、ニンマリ笑みを浮かべ手を伸ばした。


(ヒィッ、カーエン殿下に捕まる⁉︎)


「やっ、リチャード様、リチャード様!」


 余りの怖さに殿下を呼んだ途端、ふわりと上着で包まれ抱き締められた。


「ミタリア嬢……」


「リチャード、これはなんの真似だ! お前が考えた何かの余興か?」


 陛下の鋭い瞳がリチャード殿下と私を射る。


「父上、これには訳があります。いま、ミタリア嬢が手に持つ食べ物を口にしてはなりません。これは我ら、獣人が口にすると毒になります」


「毒? なんだと?」


「ハァ? このチココが?」


 チココ……この世界ではチョコとは呼ばないんだ。

 でも、香ばしくビターなカカオの香り、少しくらい舐めてもいいかな? ……チョコ好きだった。


(ペロッとしたい)


「ミタリア嬢、出そうとしている舌をしまえ、それを舐めるな!」


「ペロッだって、ミタリア嬢が可愛い。抱っこしたいなぁ」


(ヒイッ、抱っこは断然拒否!)


「この珍しい人族の食べ物、チココが我々にとって毒になるというのか?」


「そうかも、しれないとだけ伝えます。確証がないまま、僕の一段で舞踏会を止めてしまいすみません。カーエン殿下もお土産にと持ってきていただいた物に、このような事を申してすみません。1度、調べて何事もなければ僕はどんな罰でも受けます」


「私も受けます。何もなかったらリチャード殿下よりも、私の罪を大きくしてください」


「……わかった、このチココを今すぐ調べて。すぐに結果を出せ! 集まった皆のものに告げる、今日の舞踏会は中止とする。また開催日が決まりしだい招待状を送る!」


 国王陛下の声でリチャード殿下の『狼吠』は解除された。動けるようになった貴族たちには、出口で土産にと準備されていた焼き菓子とジャガイモ一袋、更にレシピ本が渡された。

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