まったりお昼寝中、馬車の呼び鈴が鳴る。
「リチャード様、ミタリア様あと10分で公爵家に着きます」
「わかった、あと10分か……」
屋敷へ着くと言われて、リチャード様の残念そうな声が聞こえた。
「リチャード様、本日は長旅でお疲れのはず。明日は王妃教育で王城へ行きますので、王城で会えますわ」
「明日会えるか――そうだな。ミタリア嬢、ブレスレットをつけるから腕を出して」
獣化から戻るために前足を出すと、リチャード様はオオカミのままブレスレットを咥えて、私の手につけてくれた。
「リチャード様、獣化が解けます。目を瞑ってください」
「それは大丈夫だ。城の錬金術師に頼んで「戻れ」と心に中で言えば腕にブレスレットが戻り、服を元通りに出来る魔石入れたブレスレット作ってもらった」
よく見ると、ブレスレットに青い石がはめ込まれていた。
「ありがとうございます、リチャード様」
「うん、これからそのブレスレットを付けてほしい。この新しいブレスレットはミタリア嬢が外れるようにしてあるから、気をつけて獣化してね」
「はい、わかりました」
馬車を降りて、リチャード殿下の馬車を見送った。
夕飯のとき、王妃様とリチャード様にご懐妊の話してもいいと了解を得ていたので、両親にこの話をすると2人は大喜びした。だけど、発表があるまでは秘密にと言われていたので、そうとも伝えた。
食事後、お風呂を済ませて1人部屋で、私は今日の出来事をノートに記した。
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暑い夏が過ぎ、9月がきた。
私は王城の庭園で秋薔薇を眺めながら、テラスでリチャード殿下とお茶をしている。しかし、今日の殿下は大好きな本を片手に、難しい表情を浮かべていた。
その表情が気になり、
「リチャード様、何かありました?」
と、お伺いした。
リチャード殿下は私の問いに口を開く、どうやら私に話を聞いて欲しかったようだ。
「ミタリア嬢……今年の夏は雨量が少なく、農家の作物の収穫量が少ないんだ。今から来る秋と冬――我が国は貯蓄が底をつき食糧難になる。しかし、ウチだけではなく周りの国も同じ状況で……父上は収穫が安定している人族に助けを求める「要望書」を出そうか悩んでいる」
それにジャガイモ料理だったら……前世、お金がない時によくジャガイモのガレット、ジャガイモのグラタン、ジャガイモスープ……玉ねぎとジャガイモのオムレツをよく作った。
――だけど、私がジャガイモ料理の事を言い出して、変に思われない?
だけど、この国のみんなの食糧難のことを考えるなら、伝えるだけ伝えた方がいい。
「リチャード様、私がこの事に関して口を出すのをお許しください。貯蓄として残っているジャガイモ、サツマイモで、料理を考えてみてはどうでしょうか?」
「ジャガイモとサツマイモの料理か……どちらも、蒸して塩をかけて食べるくらいだな。俺はあまり好きではない」
「ええ⁉︎ ジャガイモとサツマイモお好きじゃないのですか? 私の家ではジャガバター、コロッケ、スープ、焼き芋などにして食べていますわ」
この料理はどれも、私がこんなのが食べたいと料理長に伝えて、作ってもらったもの。はじめは両親もジャガイモとサツマイモを茹でて、塩を振って食べていた。
「なに? ジャガバター、コロッケ? どれも美味そうだな。ジャガイモは蒸すだけじゃなかったんだな、サツマイモは? 他に何かあるのか?」
「はい、蒸しパンに混ぜたり、蜂蜜たっぷりの大学芋、蒸したサツマイモをゴロゴロっとパンケーキに入れたりもしますわ」
リチャード殿下の喉がゴクリと鳴り、瞳が輝く。
ウンウンと頷き、何か考えている様だ。
「そうか……今、ある食材で新しいメニューを考えるのか……いいな。よし、どうなるか分からないが、今から父上に伝えてくる。ミタリア嬢はここで待っていてくれ」
「わかりましたわ。私はここで、大人しく日向ぼっこをして待っております」
リチャード殿下は急いで国王陛下の元に向かった。
私はテラスに1人残り、リチャード殿下が置いていった本が気になり、取ろうとして席を立った。
(あっ、近くに誰かいるわ)
立ち上がって目線が高くなった私の瞳に、薔薇園の近くのベンチで瞳をつむる、金髪の男性の姿が見えた。何故かその男性が気になり、ソッと隠れて様子を伺っていた。
その男性の肩が小刻みに揺れ。
「プッ、それで隠れているつもりなの?」
寝ているかと思った男性は、隠れている私に笑った。
(見えていたのね……でもこの人、金髪、碧眼色の瞳、それに耳と尻尾がないわ? まさか、人族?)
その場で動けずにいると、その男性はベンチを立ち微笑みながら、私の側に来て自分の胸に手を当てた。
「初めまして、僕はハーロス国から来ました――カーエン・ハーロス。この国の国王陛下と食糧輸出についての、話をするために来たんだけど……話がちっとも進めまなくて休んでいたんだ――君は?」
この人は――カーエン殿下だ。彼はゲームと同じ声と見た目、笑っているのに目が笑っていないのも、ご健在していた。
――出来れば会いたくなかった。
でも彼は隣国の王子なので、私はスカート持ち彼に会釈する。
「私はリチャード様の婚約者ミタリア・アンブレラと言います」
「へぇ、君がローランド王子殿下の婚約者か。確か猫族だったかな? ん? そのブレスレットは! まさかミタリア嬢は獣化するの? もし良かったら君の猫の姿見たい」
(私の獣化が見たい? ……カーエン殿下は獣化に興味がある?)
カーエン殿下の手が伸び、私のブレスレットに触れようとした。
「触らないでください」
「いいじゃん、ちょっとだけ見せてよ」
嫌がっているのに無理矢理、私のブレスレットを触ろうとした。
「……やっ!」
「やめないか!」
もうダメかと思った時に、リチャード殿下の低い声が庭園に響き渡る。カーエン殿下の手を遮る様にリチャード殿下は、後ろから私を引き寄せて胸に抱きしめた。
(……怖かった……た、助かった)
「ハーロス王子殿下、探しましたよ。王の間で父上が待っております」
「……そう、伝えたてくれてありがとう。ミタリア嬢、また会おうね」
ひらひらと手を振り、近くに居た側近と城の中に消えて行った。カーエン殿下の姿が見えなくなるまで、リチャード殿下は私を離さなかった。
「大丈夫かミタリア嬢? アイツに何かされたのか?」
「いいえ、されておりません……リチャード様が来てくださって良かっ……た」
リチャード殿下が来てくれてホッとして、ポロポロと涙が溢れた。それを見た殿下は私をまた抱きしめて「応接間にいず、こんな所にあいつがいるとはな……ごめん、俺の部屋に連れて行けばよかった」「怖い思いをさせてごめんな」と謝るリチャード殿下に、謝らないでと首を振った。
私の手にカーエン殿下の手が少し触れただけで、背筋が冷えてゾワっとした。いまリチャード殿下が来なかったら、彼の手を力を込めて払い落としていた。
(……そんな事をしてしまったら、彼は隣国の王子、不敬罪になるところだった)
しばらくして落ち着きを取り戻した私と、リチャード殿下はテラス席に戻り。リチャード殿下から国王陛下との話を聞いた。
「父上にミタリア嬢との話したら凄く喜ばれて、その案が適用されそうだ。しかも国中の国民にジャガイモ、サツマイモのレシピを募集して、最も優れた料理には賞金を出すことになった。これで新しいレシピが集まれば、人族からの物資提供が半分以下に抑えれそうだと、おっしゃっていたよ」
そうなれば――この国で人族に大きい顔をされなく済む。獣化する者、国民が守れると。父上は早急にこの案をまとめるとも、おっしゃったと言った。