王妃様は元公爵令嬢で犬族で、乙女ゲームでは穏やかな見ためだったかな。国王陛下とは幼馴染で幼な頃からの婚約者。学園を卒業してすぐに2人は結婚して、1年後にリチャード殿下を懐妊した。
翌年、王妃様は出産の日立ちが悪く、それから15年もの間、別荘で療養中だ。リチャード殿下は乳母、メイドによって育てられた。
本当なら……学園に入ってから、ヒロインとここに来るはずだった。その時には王妃様は居らず、王妃のお墓に花を添えるだけだった。
今、私がとった行動が、後々どう影響するのかはわからないけど、会えるうちに会わないと……前世の私の様に後悔する。
リチャード殿下に、悲しい思いをして欲しくなかったんだ。
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馬車を降り、側近リルと近衛騎士、御者は応接間に通された。私とリチャード殿下は王妃様の専属メイドに、王妃様の寝室へと案内されている。
15年経ったいまでも体の調子が戻らないなんて、獣化しない獣人が、獣化する子を産むのは大変なのかもって……あれ、私のお母様は平気だわ、何か能力の違いが関係しているのかしら。
今、私達は傷が早く治る能力だけだけど。16歳、成人して大人の仲間入りをした時に、獣化する獣人は個々に能力が開花する。
その能力の違いで、王妃様はお体を崩されたのかも。
「リチャード様、ミタリア様、こちらがサリア王妃の寝室です」
メイドが王妃様の扉の前で足を止め、扉をノックした。すぐ、中から可憐な声が返ってきた、この声が王妃様の声なんだ。
乙女ゲームでは声がなかったから感激する。
ちなみにリチャード殿下と私の声は、乙女ゲームで聞いていたよりも若い感じで、リチャード殿下は声変わりが終わったばかりかな。
王妃様の専属メイドが扉を開き、リチャード殿下と私は部屋の中に通された。メイドは頭を下げ、お茶の支度に向かった。
「母上、失礼します」
「王妃様、ごきげんよ」
部屋の中は天蓋付きベッド、テーブル、書斎、化粧台――棚の上には殿下の幼な頃からのいまのお姿が描かれた、大きさがポストカードくらいの肖像画がずらりと並んでいた。
スチルで見た派手な部屋とは異なり、淡いブルーで統一された落ち着きのある部屋だった。天蓋付きベッドの上には、何故か高級な櫛が何本も置かれている。
「遠い所までご苦労様リチャード。初めましてミタリアさん」
緊張してガチガチで鋭い瞳の殿下とは違い、テーブルに優雅に座り、穏やかな瞳のサリア・ローランド王妃殿下。何故か、私が自己紹介する前から王妃様は名前を知っていた。
驚きつつも、スカートを持ってお辞儀して。
「は、初めましてサリア王妃殿下。リチャード様の婚約者に選ばれました、アンブレラ公爵家の娘、ミタリアです」
と、自己紹介をした。
「ミタリアさん、座ったままでごめんなさいね。話によると、あなたも獣化するのよね」
「えっ、は、はい……獣化いたします」
「フフ、リチャードとお揃いのブレスレットをしているわね」
――鋭い。
「そ、そのブレスレットは僕がミタリア嬢にプレゼントしました。それで――母上、お体の具合はどうですか?」
リチャード殿下は常に堂々とした雰囲気ではなく、緊張で声が裏返っている――そんな姿のリチャード殿下を、可愛いと思ったのは私の心の中にしまっておこう。
「あのね、リチャード……私の体はもういいの」
「え、そ、そうなのですか?」
「本当はリチャードの学園入学に合わせて、戻る予定でした……あのね、リチャード。この歳で恥ずかしいのですが、わたくし妊娠をしたの……いま3ヶ月ですわ」
頬を染め、照れながら王妃様が妊娠を告げた。
「おめでとうございます、王妃様」
「母上が妊娠! それはめでたいですが、だ、誰の子をですか?」
リチャード殿下、それを聞いてしまうの?
「まぁ、リチャードったらそんな酷いことを聞くのですか? もちろん陛下の子……あなたは知らないだろけど15年間、交信鏡で毎日話たり、毎月、満月の夜にオオカミ姿の陛下とお会いしていましたわ」
「えぇ! 15年もの間、母上が父上と交信鏡で話して満月の夜に会っていた? そんなこと父上から聞いたことがない。母上のことを聞いても『お前は気にしなくていい』としか言わなかった――」
「まったくシリウス陛下は言葉足らずですわね。多分、私は大丈夫だから心配するなって言いたかったのね。交信鏡でも、ここに来ても陛下はあなたの話ばかり。リチャードがハイハイしたとか、リチャードが立って歩いた、パパとママと俺たちを呼んだ、身長が伸びた……近ごろ『婚約者を決めたその子に夢中のようだ』ってね」
――婚約者に夢中⁉︎
「婚約してから僕たちは僕の部屋で過ごしています。それなのに僕がミタリア嬢に夢中だと知っている。まさか、父上はご自分の特殊部隊を使い、僕たちの見張りをしていたのですか?」
特殊部隊? 見張り?
「だから母上も、ミタリア嬢の名前と獣化することを知っていたんですね」
「ごめんなさいね――獣人にとって獣化種は希少な存在。ちょっとの油断で誘拐、監禁されてしまうの。2人が心配でシリウス陛下は見ていたのね。だって、あなた達はお互いを信頼して獣化し過ぎです」
「信頼? 僕はミタリア嬢を信頼していますが、ミタリア嬢も僕を信頼してる?」
リチャード殿下の瞳が私を見た。
「わ、私は――信頼とか、まだ分からないですけど。リチャード様の側は安心して……ホッとします」
「本当か、ミタリア嬢――!」
喜んだリチャード殿下に王妃様の前で、キツく抱きしめられた。