リチャード殿下はサンドイッチを美味い言ってくれて、結構なボリュームのサンドイッチを、馬車の中で2人でたいらげた。
「美味しかった、ごちそうさま」
「喜んでいただいて、嬉しいです」
昼食後、街を出発して馬車に揺られていた。この馬車の揺れは電車と似ている、お腹も程よく膨れるとやってくるのは睡魔だ。リチャード殿下は本を読みながら、反対側で目を瞑って寝ているようだ。
私もふかふかお布団には抗えず瞼を閉じた。幸せなお布団……前世は仕事で忙しくて味わえなかった分、今世ではいっぱい噛み締めたい。
街を出てから、どれくらい経ったのか。誰かが『起きてください』と、馬車の外から呼んでいる。もう少しふかふかお布団と、この温かな体温を感じていたい。
(……え、この体温はお布団じゃない?)
目を覚ますと、間近くにリチャード殿下の寝顔があった。なんと、殿下は私を抱き枕にして寝ていたのだ。
「リチャード様⁉︎」
「ん……起きたのかミタリア嬢? すまん、余りにも気持ちよさそうに寝てるから……つい寝顔と布団に引き寄せられて、隣に寝転んだら寝ちまった……」
リチャード殿下はふわぁっと欠伸をしながら起き上がった。殿下も熟睡していたらしく寝癖と、服にシワができている。
「リチャード様、後ろの髪のここが跳ねてますよ」
「んっ、ミタリア嬢が直してくれる?」
まだ起き抜けのリチャード殿下から、髪に触れてもいい許可をもらった。殿下は慣れていない人に、触られるのが嫌いだと思っていた。
どうしてかというと、婚約者候補の令嬢たちがリチャード殿下に触れようとしたとき、一瞬だけよる眉間のシワと嫌だと尻尾が揺れていた。
だから極力、近付かないように離れていたけど。
離れても、リチャード殿下から近寄り触れてくる『直しますよ』っと言って、彼の柔らかな髪に触れた。
「ミタリア嬢の手は優しいな」
「そ、そんなことないですわ」
トクントクン鼓動がうるさいくらいに鳴り響く……どんなに否定しても無理だ。私は推しのリチャード殿下に恋している。
最後に泣く事になっても、終わりまで……あなたの側に、
「……いてもいいのかな?」
「ミタリア嬢?」
や、やばっ、今、声に出て、リチャード殿下に聞こえた。……だって、探るような青い瞳が私を見つめてくる。
(……ここは誤魔化さないと)
「ふかふかお布団に寝てもいいかなぁって、思ったんですわ」
「それは無理だな。馬車はとっくに母上の屋敷に到着しているし。リルが首を長くして、俺たちが馬車から出てくるのを外で待っている」
「嘘っ、リチャード様、だったら早く行かないといけませんわ」
「いや、ミタリア嬢の寝癖も直さないと……ほら、自分の髪飾りを持って」
サワッとリチャード殿下の長い指が私の髪に触れた。ゾクゾク……うひゃぁ――あ? これはダメなやつだ……すごく気持ちいい、もっと撫でてほしい。
グルルと……私の喉が鳴った。
「……あの、リチャード殿下――それは寝癖直しではありませんわ(耳をサワサワするやめてぇ……)」
「なんだ、気持ちいいのかミタリア」
「なので、やめてください……きゃっ、リチャード様? そ、そこは尻尾の付け根です……もう、エッチ!」
「クク、可愛い。気持ちよくて鳴る喉、真っ赤な頬……可愛い」
――可愛い⁉︎
「リチャード様、やめてください」
「やめて欲しかったら、俺から離れようなどと考えるなよ」
「ふぇ? な、なんで?」
リチャード殿下が近付き、頬にスリスリ自分の頬を擦り寄せるのではなく、ガブッと私の頬を甘噛みした。殿下こら逃げようとしても、私の体をがっちり捕まえてガブガブ、ガブガブ甘噛みする。
「⁉︎」
――その途端、お腹のアザが熱をもつ。
(な、何?)
私の尻尾がブワッと、パンパンに膨らんだ。
殿下は甘噛みをやめて頬から離れると『そう怖がるなよ』と、髪を撫でて髪飾りをつけてくれるとき。
「俺はお気に入りを逃がさない、覚悟しろ」
耳元で囁かれ、リチャード殿下の鋭い瞳が私を見た。
「…………」
(その言葉は嬉しい。でも違う、離れるのは私がではなく、リチャード殿下が離れていくんだよ)
ジワジワ熱くなるお腹のアザと、リチャード殿下の鋭い瞳から逃げたくなる。怖気付いて逃げようとした、私に彼の手が伸びたとき――コンコンと馬車の扉が叩かれた。
「いい加減に起きてください。リチャード様、ミタリア様!」
殿下はフッと鋭い瞳から、いつもの優しい瞳に変わり。
「とうとう、外でリルが騒ぎ出したな……さてミタリア嬢、母上が待ってる行こうか」
「……は、はい」
馬車の出入り口を開き、先に降りてリチャード殿下は手を差し伸べて、私をエスコートしてくれた。