ナターシャが支度したお茶請けは、どれも私の好きなお菓子と苺のケーキだった。
(リチャード殿下は屋敷に来る前、私の好きなお菓子を買ってくれのね)
「この店の苺のショート大好き、こっちのマカロンも好きです」
「よかった、たくさん買ってきたから食べてくれ。ミタリア嬢の本をたくさん借りて悪いな。どの本も俺好みだ。まだ、読みたい本がたくさん本棚にあるよ」
「えっ」
(自分が個人で選んだ本を好きだと、言ってもらえるのは正直嬉しい)
「気に入ってくれて嬉しい。です。リチャード様いつでもいらしてください……」
――あっ。
「また、来てもいいのか? ミタリア嬢のその言葉を俺は本気にするよ?」
(ううっ……)
「ええ、来てください。両親もリチャード様にお会いできて喜びますわ」
「じゃ、ミタリア嬢は?」
(私?)
推しで、素敵な、リチャード殿下の青い瞳に見つめられて"ぼっ"と、顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしいけど、私の本音は。
「うれしいです。リチャード様ともっと、本の話がしたいです」
「俺と本の話か――だったら、ミタリア嬢に俺が好きな本を貸してあげる」
――リチャード殿下の好きな本?
「え、いいのですか? 楽しみです」
喜ぶ私に、ああと殿下は笑い。遅くなるからと、リチャード殿下は「明後日な」と城へと帰っていった。
この日、私はナターシャと、厨房で昼食用のサンドイッチを作っている。
「お嬢様、パンが焼けました」
ナターシャがオーブンで焼けたパンを取り出す。そのパンに私はバターを塗り、ハムとチーズ、ゆで卵を挟んだサンドイッチと、鳥ささみと野菜をふんだんに使った具沢山サンドイッチを作りバスケットに仕舞った。
飲み物はレモンの果汁を搾り、蜂蜜と水で作るレモネードを用意して、デザートにほんのり甘い蒸しパンを作った。
「これでよし」
昼食作りを終えて、私は部屋でお淑やかに見えるふんわり生地で、一見ドレスにも見える水色ワンピースに着替えた。今日は長時間の馬車移動になるから、普段のドレスだと窮屈。リチャード殿下だって窮屈な軍服、正装では来ないだろうと踏んだのだ。
「ミタリアお嬢様、リチャード殿下がお着きになりました」
「いま行くわ」
ナターシャに呼ばれてバスケットを片手に向かうと、屋敷前にリチャード殿下が乗るには飾りがなく、黒く大きな王家専用の馬車が止まっていた。
(昨日、リチャード殿下が乗ってらした馬車とは大きさが違うわ? 言うならばゴツい要塞の様な馬車?)
「おはようございます、ミタリア様」
「こ、ごきげんよう。今日はよろしくお願いします」
馬車の入り口で待っていた殿下の側近リルに挨拶をして、手を借り馬車に乗り込む。乗り込んだ王家の馬車は座席が広くとられていて、中でリチャード殿下はブーツを脱ぎ、クッションを背に本を読み寝そべっていた。
反対側の座席には馬車に似つかわしくない、ふかふかなお布団がひいてあった。私よりも背の高いリチャード殿下が余裕で足を伸ばせる広さ。
――扉を開けたまま、馬車の中を見て呆気に取られる私にリチャード殿下は笑い。
「このような格好で悪いな。おはよう、ミタリア嬢」
「お気になさらず。おはようございます、リチャード様。あの、このお布団はどうされたのですか?」
「やはり気付いたか、俺がミタリアの為に用意した。さぁ好きなように寛いでくれ」
ベストと、スラックスのラフな格好のリチャード殿下。
その反対側のお布団の上に座る――これは、リチャード殿下のベッドに敷かれていたお布団と同じ手触りだ。
(座り心地、触り心地、最高!)
「ふかふか……」
「ハハッ、ミタリア嬢はその布団が気に入ったようだな。リル、いいぞ、出発してくれ!」
「かしこまりました」
リチャード殿下の掛け声だ走り出した馬車。
この馬車を操る御者席に御者、側近のリル、馬車の後ろに近衛騎士の2人だけ。リチャード殿下は第1王子なのに、この人数は少ないのでは?
もしかして離れた位置に、他の騎士が着いてきている。
私のそわそわが、リチャード殿下に伝わったらしく。
「ミタリア嬢、俺を守る騎士が少ないと思ってるのか? 安心しろ、何かあれば俺が獣化して戦うから」
獣化して、狼の姿で戦うと言ったリチャード殿下。
「い、いくら獣化して傷の治癒力が上がるからって、リチャード様が戦うなんて……」
(獣化の特殊能力の1つ。他の獣人よりも傷の治りが早い)
「俺は普段から、危険を予測したトレーニングは常にしているし。いざとなったら、ミタリア嬢を担ぎ駆けることもできる」
「……そうではなくて」
(私だってわかってる。獣化した私たちは捕らわれると酷い目に遭う。だからといってリチャード殿下が戦い怪我をしてほしくない)
「そんなに悲しい顔をするな。……まさか、俺を心配してくれているのか、ありがとう。まあ、俺が獣化するのは最終手段だからな。一緒に着いてきている近衛騎士2人、リル、御者は俺よりも腕が立つぞ」
(側近リルの腕前は知っている。乙女ゲームでリルは足音なく近付き、暴れるミタリアをたやすく取り押さえていた)
「どう、安心した? 馬車も余分な宝飾を全て外した。遠慮なくお布団に寝転んでくれ」
「……では、お言葉に甘えて」
持ってきたバスケットを隣に置き、コテンともふもふお布団に横になった。天日干しされていて肌触りも気持ちいい。夢中でお布団を楽しんでいると、クスッと小さく笑う声が聞こえた。
お布団から見ると、読んでいる本を胸の上に置き、瞳を細て私を見つめるリチャード殿下がいた。
(その笑顔……)
内心ドキドキしながら、見ないふりをした。