本日、昼過ぎの執務室。俺は父上――国王陛下から任された書類を黙々と片付けていた。その書類を持つ手がふと止まった。
「リル、ミタリア嬢の今日の登城は……あ、いや、今日と明日は休みか……」
会いたいと思う気持ちが膨らみ、彼女の笑顔を見ないと、側にいないと寂しくなる。3日後に母上に会いに行くとわかっていても彼女に会いたくなる。
――そんな俺にリルは。
「3日後の遠出される日、朝から晩までミタリア様とお過ごされるのでしょう?」
「……そうだな」
そうだ、遠出の日はミタリア嬢と長い時間過ごせる。
馬車の移動中彼女とたくさんの話をして、可愛い寝姿、笑顔……が見れる。しかし、一向に進まない書類に、みかねたリルが再び話しかけてきた。
「ミタリア様にお会いたければ、執務をさっさと済ませて、明日にでも会いに行けばいいのではないでしょうか?」
「俺から、ミタリアに会いに?」
「はい。リチャード様の婚約者でしょう」
(そうか……リルの言う通り、俺から会いに行けばいいのか)
やる気が出て、書籍にサインを落としチェックを始めた俺を見て、リルも自分の仕事を始めた。
――あ、もしかして、俺はリルに乗せられたのか?
「クク、俺をやる気にするのがうまいな――リル」
「何年、リチャード様と一緒にいると思っているのですか」
「5歳の頃からだから、約10年か」
「はい、10年です」
俺はいい友を腹心に持ったな。明日、会いに行くぞミタリア嬢。――そうだ。
「なぁ、リル。前に注文した馬車用の布団は届いたか?」
王族専用の専門店に注文した、俺の布団と同じ素材の生地と綿で特注した、ミタリア嬢の専用布団。
「今朝、専門店から品をこちらに送ったと連絡がありましたので、明日には着くと思います」
「そうか」
(クク、喜んでくれるといいな……ん? ムズムズ――またか、お腹がムズムズし始めた)
♱♱♱
それは晴れたお昼過ぎのこと、私は庭先にお外用のお布団をだして、その上で日向ぼっこをしていた。
「フカフカのお布団って、気持ちいい!」
天日干しされた、お日様の香りは眠気を誘う。
フカフカ、お布団の上でまったりしていた。
「クク、ミタリア嬢は本当に布団が好きだな」
――こ、この声はリチャード様? これは夢か、幻か、私は夢うつつに返答をかえす。
「好きですよ、お布団と結婚したいくらい」
「布団と結婚? それは困るな、ミタリア嬢は僕と結婚するんだから」
ムギュッと、お布団が沈む感覚と。
ホホに、チュッと柔らかいものが触れた。
「きゃっ、だ、誰?」
「ミタリア嬢、こんにちは」
「ふぇ? リ、リチャード様こんにちは? ……執務がお忙しいのでは?」
お会いするのは明日、遠出の日のはず。
「今朝、執務が全て終わって暇になったから、ミタリア嬢に会いにきた」
「こんな遠くまで? 明日になったら会えるのですよ」
「明日会えるか……そんな、釣れないことを言うなよ。僕はミタリア嬢に会いたかった」
(いつもは俺なのに、僕? ……リチャード様が私に会いたかった?)
驚きと照れで、何故が顔がへらっと笑ってしまう。
「ぷっ、変な顔」
「なっ! 変な顔? ……リチャード様、酷い」
私が怒っても、リチャード殿下はご機嫌なのか、ずっと笑っていた。そこにナターシャが屋敷から、私を呼びにでてきた。
「ミタリアお嬢様、そろそろお外用のお布団を邸の中に入れますよ。……あらっ? お客さまでしたか、いらっしゃいませ……」
「お邪魔させてもらっている。リル、土産を渡してやってくれ」
「はい、かしこまりました」
近くの馬車に控えていた側近リル。――そのリルから、ナターシャはたくさんのお土産を渡されて驚いた様子で、ちらちらと私に視線を送った。
「リチャード様、たくさんのお土産ありがとうございます」
「いいや、来る途中に菓子などを買ってきただけだ、みんなで食べてくれ」
屋敷に訪れた人物が、私の婚約者のリチャード王子だと気付き。
「まぁ旦那様、奥様、ミタリアお嬢様の婚約者の方がいらしました。ただいまお茶の準備をします」
深々と礼をした後、ナターシャは大声をあげて屋敷に戻っていった。
(これは嫌な予感しかしない)
♱♱♱
私の考えは的中した。
直ぐ、お父様の執事が応接間に私達を案内した、中で待っていたお父様とお母様は満面の笑みで、リチャード殿下に挨拶を済ませるとすぐに席を立ち。
「リチャード殿下、ごゆっくりしていってください」
「ミタリア、リチャード殿下のお相手をしっかりなさい」
「はい、お父様、お母様」
応接間に残された私とリチャード殿下。
隣ではゆったりと、ナターシャがいれた紅茶を飲むリチャード殿下。
「リチャード様、庭で日向ぼっこをしますか?」
そう聞くと、コトッと飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置いた。
「日向ぼっこかぁ、それも捨て難いが僕はミタリア嬢の部屋を見たい」
「え、私の部屋ですか? ……見るものが何もない普通の部屋ですよ」
「いい、僕が見たいんだ」
案内しろと言わんばかりに、リチャード殿下は立ち上がり。紅茶を飲んでいる私に、エスコートをする様に手を差し伸べた、そのリチャード殿下の手に応えた。
そんな私を見て、リチャード殿下の瞳が優しげに細まった。