(推しの真剣な顔は格別ですなぁ〜)
私はその表情をソファーの上で、丸まって眺めていた。多くの書類に囲まれ、見られているリチャード殿下は時折り、私の視線が気になるのか視線がかち合う。
――見ているのが、バレている?
「クク、ミタリア嬢、遠慮せずに寝ていてもいいんだぞ?」
「先程、たくさん寝たので眠くありません」
嘘だ。ホンネ、あなたを眺めたいだなんて言えない。
今は仲がよくても、来年になったらリチャード殿下は、ヒロインの登場で出会い変わる。
(さみしいけど、仕方がない)
そう思った瞬間、お腹のアザの辺りに"チリッ"と痛みが走った。いつものムズムズ、むず痒いのではなく――チリ、チリとした痛みだ。
チリッ。
「うっ」
「ミタリア嬢?」
しまった、リチャード殿下の執務の邪魔をしてしまった。
「なんでもありませんわ。それよりも、私はいつまで、ここに入ればいいのですか?」
執務をはじめて1時間以上は経っていた。
「そうだな、俺の執務が終わるまでかな。帰りたかったら、その扉から勝手に出ればいいぞ」
イジワルを言って、ニヤリと口角をあげるリチャード殿下。そうだ、私が元の姿に戻っても。獣化したままでも。この執務室から、出れないのをわかっているくせに。
「……イジワル」
「クク……どうした?」
(もう、楽しそうに笑って)
「わかりました、リチャード殿下が終わるまで待ちます」
執務机から「諦めたのか……フフ」と、また楽しそうなリチャード殿下の声が聞こえた。だけど、それにこたえず、ソファーで微睡んでいるうちに寝てしまった。
トントントンと書類をまとめる音と、リチャード殿下の独り言が聞こえてきた。
「ふうっ。この書類が終われば、父上も遠出の許可をくれるだろう」
(……遠出の許可?)
気になるワードが聞こえて、目が覚めてくる。
(リチャード殿下はもしかして……私と王妃様に会いに行くため、多くの書類を片付けているの?)
私があんなことを言ってしまったから、いま処理しなくていい執務をさせている――私が、無理をさせている。「ごめんなさい」と言いたくなって、起きようと思った。
「よし終わった。フフ、ミタリア嬢といっしょの馬車での移動は楽しいだろうな。いろいろ準備もしなくてはならない。いまから、行く日が楽しみでワクワクがとまらない」
楽しそうなリチャード殿下の声に私は起きず、寝たふりをした。