――え、私の獣化がリチャード殿下の手の中にある⁉︎
「リチャード殿下……」
「ダメ、ミタリア嬢は俺の婚約者だ。一緒にいないとき守れない」
キッパリ言われて、彼の膝の上でやさしく撫でられる。
――ああ気持ちいい。じゃない、家でまったり猫の姿でで過ごせないなんてと、抗議の尻尾をプンプン振った。
「そんなに嫌なら、ここでいっしょに住む?」
「うれしいけど、無理です……あ、」
(ホンネが、ポロリと口からでちゃった)
「ミタリア嬢、あきらめろ。その、ブレスレットを着けてしまったんだ」
優しく見つめられて、撫でられて、ほだされてしまう。
――推しには勝てない。
なでなで、リチャード殿下の膝の上で、猫の姿で撫でられている。もしかして癒されたいのかなって、思ってしまった。
「……リチャード殿下」
ん? と、いつもとは違い、オオカミに獣化していないリチャード殿下に見つめられる。そのリチャード殿下の目の下にはクマができていた。
(……もしかして、疲れてる?)
王城に登城してわかったのだけど、彼は学園に入るまでは朝から晩まで、執務室で書類確認が忙しい。
私と会うのは王妃教育が終わった後の1時間。
それとも夜眠れていない? 前世の私は会社に行くのが怖かった。机の上の書類の山、それすら終わらないのに、次から次と面倒な書類が回ってきた。
「眠くなったら、俺に気にせず好きに寝てくれて……、おわっ、ミタリア嬢?」
私は彼の腕にかから抜け、立ち上がりピトッと肉球を瞳に当てた。
「こ、、これは、め、目の周りのマッサージ? で、です」
じかに推しの顔に直に触れて、緊張して変な言葉だ。
リチャード殿下の目の周りを爪を出さず、柔らかな肉球でもにもに揉んだ。
「マッサージ? やめろ、そんなのいらない」
そう言われてもやめなかった……もしかすると、リチャード殿下は触ることはできても、触られることに慣れていないのかな。
――両親に甘えたくても、甘えれないとか?
「やめろって」
「嫌ですわ、リチャード殿下は目の下クマができていますわ、眠れていないのですか?」
「これは仕方がない……俺はまだ難しい文書とか執務になれていない……だからって、ミタリア嬢に言っても仕方がない」
そうなのだけど胸が痛い。――私も前世、経験したことがある、自分では能力的にできない書類。でも、やらないと上司に呼ばれて『なんで、こんな事が出来ない』と責められた。
私は会社に事務職で入社したはずなのに……働きは始めれば、能力以上のことを求められた。
――出来なければ、みんなの前で上司に罵られた。
(あの頃は出来るようにならないとって、眠る間も惜しんで、資料の本を買って読んでいたなぁ)
「リチャード殿下、無理な時には人に頼る事も大切です」
(私には頼れる両親や親戚がいなかった……人と話すことが苦手で友もおらず、デスクの上で必死に仕事をこなしていた)
しかし、リチャード殿下は首を横に振る。
「頼ることは出来ない……みんな俺に期待してる。俺の側近リルも不慣れな仕事に悪戦苦闘だ」
――だけど、このままだと私のように体を壊してしまう。
「ダメです、頼ってください。もし、国王陛下に聞くのが無理なら……側にいる大人を頼らなくてはダメ、王妃様でもいいと思います」
自分に出来なかったことを、リチャード殿下に言うなんて、私はなんて傲慢なのだろう。そして、私をなでるリチャード殿下の声が一段と低くなり、声は震えていた。
「母上か……母上は俺が生まれてからずっと、別荘で療養中だ」
「生まれてから、ずっと……?」
「ああ、母上は原種の血が濃く獣化する俺を産み、体を壊したと、乳母から聞いている」
そういえばヒロインと王妃に会いにいく、イベントがあった。――たしか、王妃は隣国出身で獣化する兄弟がいた。当時はまだ獣化のことがよくわからず毎月の検査、薬など、周りの理不尽な言葉で苦労を見てきた。
――結婚してからも、陛下の苦労も見てきた。
自分の息子がそうなってしまったと、気を病んでしまった。……あ、違う。2人は王妃に会いに行ったんじゃなくて、王妃様のお墓に花をたむけに行ったんだ。
――そこで、リチャード殿下はもっと早くに会いにきていればと涙する、それをヒロインが優しく抱きしめる……悲しいイベントだった。
「俺だって会いたくて、何度か母上の誕生日にプレゼントと"会いたい"と手紙を書いたけど。まだ、会えないと返ってきた」
「でも会いたいはず。リチャード殿下だって、会いたいのだったら、辛抱せずに会いに行ったほうがいい――王妃様も会いたいはずだわ」
「そんなこと、なぜ? 他人のお前に分かる!!」
「わ、私は王妃様の気持ちはわからないけど……会えるうちに会わないと……」
――後悔する。
いなくなってしまったら……会いと願っても、2度と会えない。前世の私はまだ幼くて、いなくなってしまった両親に会いたいと願った。だけど、現実は残酷で2度と会えないと気付いた。
苦しくって、悲しくって、涙が枯れるまで泣いた。
リチャード殿下にはそうなってもらいたくない。
出てしまいそうな、涙をグッと堪えて。
「会いに、確かめに行きましょう。もし、拒まれたら私がなんでもリチャード殿下の言う事を聞きます!」
その言葉にリチャード殿下の瞳が開く。
「ミタリア嬢、なにを言っている?」
「な、何でもは無理かもしれませんが、できる範囲で頑張ります」
「会いに行ってもいいのかな? ――クッ、スケジュールを調整して、母上に会いに別荘へ行く。当日、ミタリア嬢も一緒に来い」
「私も?」
「言い出したのはミタリア嬢だ、責任持って来い」