すべてが狂った。カラド神父は、暴食に得意とする幻術魔法をかけ、消耗を狙った。
思惑通り、暴食は何もない空間に『敵』の幻影を見て、その力を浪費していった。挑発を重ね、暴食の冷静さを奪いつつ、大人しくなったところで致命の一撃を見舞うはずだったのだが。
――まさか自力で幻術を破るとは!
これにはカラドも素直に驚いた。元から幻術にかかりにくい、あるいは効かない者はいる。しかし一度かかった上で、事前の知識なく幻術と看破し抜け出した者は、暴食が初めてだった。
――これが悪魔の中の悪魔ということか!?
感心していられる場合ではなかった。突然の煙幕の後、異形の化け物――魔女のペットである白い毛並みのモンスター――オリジナルに比べてとても小さく、人間サイズのそれは、まるで暴食の子分のようにカラドに襲いかかってきたのである。
――まさか、魔女のペットを喰らったのか……!?
カラドは、暴食の最新情報を知らない。あの最上級悪魔が、どうも王都方面に向かっているように見え、エクソシストを派遣したが、その後は、神殿騎士団が追っているということで、さほど関心がなかったわけだが……。
――こうなるなら、報告書をもっと気にかけるべきだった。
彼の今回の任務に暴食は関係がない。だからいらぬ情報だと、確認を怠った。暴食の移動予測の一つに、グレゴリオ山脈越えルートもあったのを知っているから、余計に悔やまれる。後悔先に立たず、だ。
「さあて、困った」
飛びかかってきたモンスターが、カラドの出した左腕に齧りついた。その凶悪なる刃のような歯が肉を抉り、骨を砕く。
「私は、神殿騎士ではないので――」
バンっ、と大砲のような銃声が響き、白い毛並みモンスターの胴体に大穴が空いた。
「こういう武器を使うしかないのだ」
一撃でミニモンスターを仕留め、カラドは、口角を吊り上げた。
「幻術を破られると思っていなかったものでね。そうとわかっていれば、さっさと撃ち殺したものを……」
モンスターに砕かれた腕を、超再生で修復。その時、暴食が動いた。戦闘型悪魔らしい爆発的な加速で迫る。
再生が終わる前に、というのであれば、それは浅はかだ。カラドは後ろに吹っ飛ぶように飛びながら、右手の大型拳銃から薬莢を排出、再生した左手で瞬時に装填。距離を詰めた暴食の鼻っ面に銃口を向けた。
「これでもエクソシスト部門のトップなんでね……!」
発砲! 暴食の頭が吹っ飛ぶ――ように見えたが、寸でのところで地面に一歩をつけた暴食は上半身を逸らし、射撃を躱した。銃の装填を見て、攻撃を予期したとしか思えないほどの早業だった。
『その攻撃は――』
カラドの胴体に、暴食の蹴りが炸裂した。
『以前、見た』
・ ・ ・
暴食――ラトゥンは、カラドが送り出した対悪魔戦特化のエクソシストと交戦している。大型拳銃を使った戦い方も、知っているのだ。あの時は、エキナのアシストで倒したが、ここに彼女はいない。
あれだけ攻撃が当たらなかった神父が、蹴りで倒れる様は痛快だった。だが浮かれている場合ではない。倒れた隙に追い打ち、そして倒す。また幻術を使われれば厄介だ。
「聖魔防!」
飛びかかる寸前、カラドの正面に見えない壁が現れ、ラトゥンの攻撃を凌いだ。聖属性の障壁に、悪魔である暴食の手から強烈な熱から白煙が上がった。
『聖職者が、聖属性を使うのか?』
「それは偏見というものだ!」
素早くリロードし、カラドの手の大型拳銃が火を噴いた。その直前、暴食は飛び退いていて、銃弾は重い発砲音だけ残して虚空に消えた。
『どうした? 幻術を見せていた時のほうが強かったぞ!』
暴食は、獣の如く飛びかかる。再度装填するカラドだが、射撃の前にまた聖属性の障壁を展開した。
壁で止めたところを大型拳銃で仕留める、という手だろう。考える間もわずかしか与えず、再度のアタックを仕掛けたことで、カラドに今取り得る戦法の幅を狭めさせた。
暴食の左手が障壁にぶつかり、しかし今度はその壁を喰らう。静止する一瞬。カラドは唇の端を吊り上げ、止まった暴食の顔面に銃口を向けて引き金を引いた。
必殺の距離。勝利を確信したカラドだったが。銃弾は暴食の右手に阻まれ、その腕を破裂させるように吹き飛ばした。
暴食の右手をバラバラにした。本当ならば笑ってもよかっただろう。だがカラドは熟練の戦士だからこそ理解した。
今のは致命的な失敗。暴食は右腕を無くしても死なない。どうせ再生できる部位を打ったことで、致命的な時間を失った。
聖魔防を喰らった暴食の左手が、カラドの体に触れ、そして喰われた。
「うおおおおおぉっ!!?」
右肩から半身が消滅、いや暴食に取り込まれた。超再生も追いつかない速さで、暴食の腕は、カラドの上半身を喰らった。
・ ・ ・
「神父!?」
聖女アリステリアの周りを取り囲んでいた武装神官の三人は、カラド神父がやられたことに驚愕した。
聖女を確保した今、このまま連れて逃げるべきか。しかし暴食は?
などと瞬時に思考するが、暴食がゆらりと首を巡らし、神官たちを見やった。そしてニヤリと壮絶な笑みを浮かべたことで、武装神官らはおぞましい寒気を感じて震えてしまった。
だが恐怖を抑え、一人が悪魔の正体を明かして暴食へ向かっていく。その行動を見て、残る二人は察した。
聖女を連れて逃げろ、と。時間を稼ぐつもりで一人は突撃したのだ。お互いに頷き、聖女の肩を掴む。
「えっ、ちょっと!」
アリステリアの抗議の声を無視して、そのまま連れ去ろうとした武装神官たちだったが、ふいに女の声がした。
「あれー、聖教会の神官ともあろう人が、女性の誘拐ですかぁ?」
しゅっ、と首に抵抗を感じ、凄まじい力で斜め後ろへ引っ張られる!
「駄目ですよ、それって犯罪じゃないですか。罪には罰がくだされるんですよ。神様の手先である教会の信者が知らないわけがないですよね。……あら、失礼。あなたたちは悪魔でしたね」
武装神官の姿をした悪魔たちは、斬首された。処刑人エキナは、エクソキューショナーソードについた悪魔の血を振り払った。