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第111話、当たらないカラクリ


 おかしい。


 ラトゥン――暴食は違和感を抱いていた。悪魔体と人間の体を自在に変えるカラド神父。それにお構いなしに攻撃を仕掛けるが、これが捉えられない。


 当たらない。当たらない! 当たらないっ!


 ――何故だ!?


 暗黒剣を巧みに躱され、伸ばした暴食の腕も空を切る。一方でカラドが繰り出す素手の攻撃は、暴食にヒットを続ける。


 これは面白くない。こちらは当たらず、敵は当ててくる。幸いなのは、カラドの打撃は、衝撃こそあるが、悪魔にとって致命的なものではないということ。


 体は動く。影響もほとんどない。これなら何十発殴られようとも、やられる気がしない。

 だが、ラトゥンは楽観はしていない。大したことがない攻撃に見えて、ダメージは蓄積する。威力のない打撃も、一定のレベルを超えた時、急に体が動けなくなる事象が存在することを、ラトゥンは知っている。


 それでなくても、大して効いたように思えない拳を当てられ続けるのは、ラトゥンの精神を逆なでにする。


 ――くそっ、くそっ!


 焦るな、と心に言い聞かせても、攻撃が空振りするたびに、気持ちが焦らせてくる。当面こちらも倒されないが、このまま届かないのでは敵を倒せない。


 ――純粋な速さの差なのか……?


 こちらのリーチ、攻撃軌道を読み切り、回避するカラドの動きは、捉えられそうで捉えられない。

 フェイントを混ぜるも、カラドは苦もなく避ける。


「考えているか、暴食?」


 カラドは汗ひとつかかず、余裕を覗かせる。


「何か、仕掛けがあるのではないか、そう考えているのなら無駄だ。私と貴様の腕、体さばきの差だ。貴様の能力では、私に攻撃を当てることはできない!」

『さっき、一発入れたぜ?』


 それで腕の骨を砕いてやった。だが、すぐに悪魔の超再生で元通りになってしまったが。


「それから当てられないではないか? まさかラッキーパンチが、二度も通じると思っているのか?」


 カラドは小さく口元を緩めた。


「さあ、本気になってくれよ――」



 ・  ・  ・



 どういうこと?――アリステリアは、目の前の光景に呆然としていた。

 暴食と呼ばれた悪魔は、先ほどから何もないところに剣を振るったり、拳を突き出している。

 まるで見えない敵と戦っているように……!


 敵であるカラド神父は、少し離れたところで、何やら魔法を使っているような。


 ――きっと幻を見せられているんだわ。


 アリステリアは察する。暴食だった青年は、無駄に体力を消耗させられている。


 ――何とかできないかしら。


 しかし、彼女も身動きできない。周りには、カラド神父の部下である武装神官が三人、取り囲んでいたからだ。


「このまま動かないよう、お願い申し上げます」


 感情のこもらない声で、神官は告げた。体力面についてはからっきしの自覚があるアリステリアは、最初から抵抗を諦めている。大の大人相手に、か弱い自分が腕力でどうにかできるなどと自惚れていない。


 ――でもこのままだと、わたくしも危ないのよね……。


 聖教会に戻るつもりはないというのは本当だ。いくら宝珠のためとはいえ、井戸に落とされて、それを死んでいたかもしれない。絶対運のおかげで生還したが、それを当たり前のような顔をされて迎えられても、はいそうですかと頷けるわけがなかった。戻っても、おそらくロクな目には合わないだろう。


 だから、あの暴食――悪魔だけれど、優しい彼に頼るしか、窮地を脱することができない。

 だから。


 ――お願いだから、幻術だって気づいて!


 祈ることしかできなかった。



 ・  ・  ・



 違和感を抱きつつ、しかし目の前のカラドへ攻撃を続ける暴食。ここまでくると、ダメージより徒労感のほうが大きくなっていた。


 こちらはいつまで当たらない攻撃を続けるのか。カラド神父は、そういう精神的、体力的疲弊を狙い、戦意と体力を奪っていくタイプの敵なのかと思いはじめていた。


「どうした、暴食? 疲れてきたのか?」


 カラドは挑発してくる。


「目の前にいる私に攻撃を当てられないとか……。どうやら貴様を買い被り過ぎたようだ」


 ――おかしいといえば。


 暴食は、左腕を突き出す。またもその腕を、カラドは掻い潜る。


 ――左腕が疼かない。


 いつもなら、敵を前に猛り、喰らいたいという衝動が強くなってくるのだが、それがまったく起きない。

 暴食の腕も、選り好みをしているのか? 一瞬考え、余計なことを考えているいることに気づき、再度、目の前のカラドに斬りかかり、さほど痛くもないカウンターを食らった。


「進歩がないな、暴食。さっきの威勢はどうした」


 ――ちっ、やめだやめだ。目の前だからって馬鹿正直に殴りにいく必要はない。


 ラトゥンは至近距離だが、近接戦ではなく魔法に攻撃手段を切り替えた。何か新しい反応を引き出したかった。カラドは魔法を潰してくるのか、あるいは避けるのか。


 左腕を前に出し、それまで忘れていたアリステリアの存在を思い出し、彼女のいる方向に流れ弾が当たらないように位置どりを確認。

 そしてそれに気づいた。


 ――アリステリア……?


 彼女の姿がなかった。どこかに隠れたのか? いや神父は、暴食と戦っている。他の武装神官は、全て倒したから、彼女がどこかに身を隠す必要はないはずだ。

 他に敵がいた? それなら彼女が声をあげるなり、何かしら反応したはずだ。この状況を利用して逃げたのか……。


 ――もしかして。


 暴食はライトニングスピアーを撃つ予定を変えて、煙幕を左腕から噴射して、周りに吹きかけた。たちまち周囲の視界を白煙が覆う。


『そしてこいつは、おまけだ!』


 左腕から、肉の塊を吐き出す。それはたちまち白い毛並みのモンスターへと変化する。サイズは圧倒的に小さいが、魔女の番人だった『白い毛並みちゃん』が咆哮を上げる。

 それはすぐ近くにいるはずのカラド神父に向かう――ことなく、何もいないはずの方向へと駆け出した。


 煙が晴れる。そして目の前にいた神父は消え、離れた場所に立っていた本物のカラドに、白い毛並みちゃんが飛びかかった。


『……攻撃が当たらないはずだ』


 暴食は口元を緩めた。


『幻を見せられていたというわけか」


 どれだけ目の前の敵を攻撃しても、空振りわけだ。そしてひたすら近距離の間合いを保つことで、ラトゥンの周囲への注意を払わせないようにしていた。周りがよく見えていれば、いるはずのアリステリアの姿がないことに気づいたはずだから。


 よく考えたようだが、種がわかってしまえばそれまでだ。

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