おかしい。
ラトゥン――暴食は違和感を抱いていた。悪魔体と人間の体を自在に変えるカラド神父。それにお構いなしに攻撃を仕掛けるが、これが捉えられない。
当たらない。当たらない! 当たらないっ!
――何故だ!?
暗黒剣を巧みに躱され、伸ばした暴食の腕も空を切る。一方でカラドが繰り出す素手の攻撃は、暴食にヒットを続ける。
これは面白くない。こちらは当たらず、敵は当ててくる。幸いなのは、カラドの打撃は、衝撃こそあるが、悪魔にとって致命的なものではないということ。
体は動く。影響もほとんどない。これなら何十発殴られようとも、やられる気がしない。
だが、ラトゥンは楽観はしていない。大したことがない攻撃に見えて、ダメージは蓄積する。威力のない打撃も、一定のレベルを超えた時、急に体が動けなくなる事象が存在することを、ラトゥンは知っている。
それでなくても、大して効いたように思えない拳を当てられ続けるのは、ラトゥンの精神を逆なでにする。
――くそっ、くそっ!
焦るな、と心に言い聞かせても、攻撃が空振りするたびに、気持ちが焦らせてくる。当面こちらも倒されないが、このまま届かないのでは敵を倒せない。
――純粋な速さの差なのか……?
こちらのリーチ、攻撃軌道を読み切り、回避するカラドの動きは、捉えられそうで捉えられない。
フェイントを混ぜるも、カラドは苦もなく避ける。
「考えているか、暴食?」
カラドは汗ひとつかかず、余裕を覗かせる。
「何か、仕掛けがあるのではないか、そう考えているのなら無駄だ。私と貴様の腕、体さばきの差だ。貴様の能力では、私に攻撃を当てることはできない!」
『さっき、一発入れたぜ?』
それで腕の骨を砕いてやった。だが、すぐに悪魔の超再生で元通りになってしまったが。
「それから当てられないではないか? まさかラッキーパンチが、二度も通じると思っているのか?」
カラドは小さく口元を緩めた。
「さあ、本気になってくれよ――」
・ ・ ・
どういうこと?――アリステリアは、目の前の光景に呆然としていた。
暴食と呼ばれた悪魔は、先ほどから何もないところに剣を振るったり、拳を突き出している。
まるで見えない敵と戦っているように……!
敵であるカラド神父は、少し離れたところで、何やら魔法を使っているような。
――きっと幻を見せられているんだわ。
アリステリアは察する。暴食だった青年は、無駄に体力を消耗させられている。
――何とかできないかしら。
しかし、彼女も身動きできない。周りには、カラド神父の部下である武装神官が三人、取り囲んでいたからだ。
「このまま動かないよう、お願い申し上げます」
感情のこもらない声で、神官は告げた。体力面についてはからっきしの自覚があるアリステリアは、最初から抵抗を諦めている。大の大人相手に、か弱い自分が腕力でどうにかできるなどと自惚れていない。
――でもこのままだと、わたくしも危ないのよね……。
聖教会に戻るつもりはないというのは本当だ。いくら宝珠のためとはいえ、井戸に落とされて、それを死んでいたかもしれない。絶対運のおかげで生還したが、それを当たり前のような顔をされて迎えられても、はいそうですかと頷けるわけがなかった。戻っても、おそらくロクな目には合わないだろう。
だから、あの暴食――悪魔だけれど、優しい彼に頼るしか、窮地を脱することができない。
だから。
――お願いだから、幻術だって気づいて!
祈ることしかできなかった。
・ ・ ・
違和感を抱きつつ、しかし目の前のカラドへ攻撃を続ける暴食。ここまでくると、ダメージより徒労感のほうが大きくなっていた。
こちらはいつまで当たらない攻撃を続けるのか。カラド神父は、そういう精神的、体力的疲弊を狙い、戦意と体力を奪っていくタイプの敵なのかと思いはじめていた。
「どうした、暴食? 疲れてきたのか?」
カラドは挑発してくる。
「目の前にいる私に攻撃を当てられないとか……。どうやら貴様を買い被り過ぎたようだ」
――おかしいといえば。
暴食は、左腕を突き出す。またもその腕を、カラドは掻い潜る。
――左腕が疼かない。
いつもなら、敵を前に猛り、喰らいたいという衝動が強くなってくるのだが、それがまったく起きない。
暴食の腕も、選り好みをしているのか? 一瞬考え、余計なことを考えているいることに気づき、再度、目の前のカラドに斬りかかり、さほど痛くもないカウンターを食らった。
「進歩がないな、暴食。さっきの威勢はどうした」
――ちっ、やめだやめだ。目の前だからって馬鹿正直に殴りにいく必要はない。
ラトゥンは至近距離だが、近接戦ではなく魔法に攻撃手段を切り替えた。何か新しい反応を引き出したかった。カラドは魔法を潰してくるのか、あるいは避けるのか。
左腕を前に出し、それまで忘れていたアリステリアの存在を思い出し、彼女のいる方向に流れ弾が当たらないように位置どりを確認。
そしてそれに気づいた。
――アリステリア……?
彼女の姿がなかった。どこかに隠れたのか? いや神父は、暴食と戦っている。他の武装神官は、全て倒したから、彼女がどこかに身を隠す必要はないはずだ。
他に敵がいた? それなら彼女が声をあげるなり、何かしら反応したはずだ。この状況を利用して逃げたのか……。
――もしかして。
暴食はライトニングスピアーを撃つ予定を変えて、煙幕を左腕から噴射して、周りに吹きかけた。たちまち周囲の視界を白煙が覆う。
『そしてこいつは、おまけだ!』
左腕から、肉の塊を吐き出す。それはたちまち白い毛並みのモンスターへと変化する。サイズは圧倒的に小さいが、魔女の番人だった『白い毛並みちゃん』が咆哮を上げる。
それはすぐ近くにいるはずのカラド神父に向かう――ことなく、何もいないはずの方向へと駆け出した。
煙が晴れる。そして目の前にいた神父は消え、離れた場所に立っていた本物のカラドに、白い毛並みちゃんが飛びかかった。
『……攻撃が当たらないはずだ』
暴食は口元を緩めた。
『幻を見せられていたというわけか」
どれだけ目の前の敵を攻撃しても、空振りわけだ。そしてひたすら近距離の間合いを保つことで、ラトゥンの周囲への注意を払わせないようにしていた。周りがよく見えていれば、いるはずのアリステリアの姿がないことに気づいたはずだから。
よく考えたようだが、種がわかってしまえばそれまでだ。