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第109話、彼らが待っていた理由


 聖教会の武装神官が待ち構えていた。これは罠だったか――ラトゥンは素早く視線を走らせる。

 敵は十三人。一般神官十二人。最後は神父と呼ばれていた初老の男。


 ――カラドと言ったか……?


 以前、どこかで聞いた名前だ。果たしてどこだったか。以前、武装神官、いやエクソシストと戦った時に、そのエクソシストが言っていた。


 ――だから何だという話だが。


 彼らが聖教会というならば、叩き伏せるのみ。


「まあ、どこの誰だろうと、この現場に居合わせてしまった。己の不幸を呪うか嘆くかしてください」


 カラド神父は、いかにも聖職者らしい落ち着き払った声を発した。


「さて、聖女アリステリア。我々は、ここであなたが来るのを待っていたわけですが……」

「あの穴に落としておいて、わたくしが無事だと確信していたのかしら?」


 アリステリアは挑むように尋ねた。


「ええ、もちろんですとも。あなたは聖女。とんでもない加護の力で守られている。正直、我々もあやかりたいくらいの、力をお持ちだ――」


 神父は自身の胸に手を当てた。


「きっと、あなたはあの井戸の底から出てくると思っていましたよ」

「それで、わざわざ出口で待っていたなんて、ずいぶんと辛抱強いのですね」


 アリステリアは皮肉った。


「ご期待に添えず、あのままわたくしが死んでいたらどうするつもりだったのかしら?」

「それは気掛かりではありました。ただ、繰り返しますが、あなたは強運の星に生まれた聖女。正直、時間の問題だと思っていましたよ」


 神父は穏やかに微笑んだ。柔和な表情なのに、何故か闇を感じさせる。


「そもそも、あなたを井戸に落としたのは、あなたを葬るためではないのです。行って、必ず戻ってこられる方と信じていたからこそ、落としたのです」

「意味がわからないわ」


 正直なアリステリアである。カラドは首を傾けた。


「でしょうね。目的を言いませんでしたから。ただ、あなたのことですから、あの井戸でとあるモノを見つけて拾ったのではありませんか?」

「とあるモノ……?」


 ラトゥンが視線を、アリステリアに向けば、当の聖女は自身のポケットに手を突っ込んだ。


「もしかして、これ?」


 取り出したのは、黄色く輝く宝玉。カラドの口角が上がった。


「やはり見つけていましたか。ええ、それです。我々が探していた『エルレインの涙』。よくぞ見つけてくださいました!」


 どういうことだ……?――ラトゥンは眉をひそめた。カラド神父とやらは、エルレインの涙なる宝玉をアリステリアが見つけることを期待して、彼女をあの井戸に落としたというのだろうか?


「さすが強運の聖女アリステリア。我々が探し求めていたモノを、何も言わずとも回収してくださった。礼を言いますよ、聖女アリステリア……」


 神父は片手を差し出した。


「それをこちらにお渡しいただければ、悪いようにはしません。ええ、殺さないと誓いましょう」

「この宝玉は、いったい何ですか?」


 興味深げにアリステリアは、エルレインの涙を顔の近くに持ってきて覗き込む。周りのことより自分の関心を優先させているような態度だった。

 内心、それどころではないとラトゥンは思うが、周りの油断の隙を狙い、今は状況を静観する。


 一方のカラドもまた、アリステリアがどういう人間か知っているので、素直だった。


「アーティファクトの一瞬です。……あなたは、悪魔『エルレインの涙』というお話を知っていますか?」

「いいえ。知らないわ」

「そうでしょうな。我々悪魔であったなら、大抵の者が知っている昔話です」


 そうなの、とアリステリアが、ラトゥンを見た。ここでこちらに注意を向けられても困るが、実際知らないので、首を横に振る。


「人間たちは知らない物語ですよ。エルレインとは、かつて存在した悪魔の中の王――伝説の語るところ魔王の奥方だった。彼女の涙――妻が愛する夫に先立たれ、嘆き悲しみの中で流した涙の結晶……それが、あなたの手の中にある宝玉です」

「悪魔も涙を流すのね」

「大抵の生き物は流しますよ。……ええ、もちろん、涙を出す器官のない生き物もいますが」


 カラドは肩をすくめた。神父というだけあって、聞けば話すのかよく喋る。


「その宝玉は、ある場所に通じる鍵でもありまして、ようやくにして見つけて王都へ運んでいましたら、途中で盗まれてしまいましてね」


 神父は哀しそうな顔になる。


「実にけしからんことですが、捜索しましたら、どうやら、この村の井戸落としをされた者の中に、その盗っ人がいたようなんですよ。いやぁ、さらに困ったことになりました。これでも何人か送って探したのですが、駄目だった」


 そこで――カラドはアリステリアを見つめた。


「絶対運ともいうべきあなたのお力を信じ、何も言わずにこちらの穴に落ちていただいたのです。結果は、大成功でした。見事、あなたの運は、それを手にした」

「……」

「これで、我々も王都に戻れます。もちろん聖女アリステリア、あなたも一緒に。まだあなたには役目がありますから」

「役目?」


 アリステリアは小首をかしげる。


「また手の込んだ失せ物探しをさせるつもりかしら?」

「まあ、似たようなものです。どうぞ、こちらへ――」


 カラドは招いたが、アリステリアは動かなかった。


「わたくし、聖教会には従えないわ」

「おや、我々を裏切ると仰る?」

「裏切るもなにも、説明なく、人を殺そうとしておいて、それは虫がよすぎるのではないかしら?」


 アリステリアは、意地の悪い顔になった。


「いくらわたくしが、そういう運に守られた存在だとしても、傷つくわ」

「それは失礼を。ですが、まあいいんですよ。あなたが逆らったところで、我々の力づくには抵抗できないわけですから」

「それが……そうじゃないのよ」


 アリステリアは額に指を当てて、わざとらしくため息をついた。


「貴方も言ったわよね? わたくしには絶対運ともいう力があるって。その力はね、貴方たちの望む結果になるものじゃないのよ。わたくしにとっての幸運、強運の力なのよ。つまり……わかるわよね?」


 ニンマリとアリステリアは笑った。


「お待たせ、独立傭兵さん。暴れていいわよ!」


 その言葉に、一同の視線はラトゥンに向いた。不意打ちの機会を狙っていたら、注目の的にされてしまい、ラトゥンは舌打ちしたい気分だった。


「ここで丸投げかよ!」


 ラトゥンは、カラドに向けて爆発的ダッシュで肉薄する。


「まあ、やってやるけどな……!」

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