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第108話、外への道


 アリステリアは、井戸の底に広がるダンジョンで、出口らしき隠し通路を見つけた。

 とても運がよいという彼女。神からの加護のようなものとも言っていたが、これにはラトゥンも苦笑を禁じえない。


「そんな都合よくていいのか?」

「そうかしら?」

「それはそうだろう? ここは追放という名の処刑場だろう? 井戸に落とした奴が死ぬようになっていて、万が一生きていたとしても、戻ってこられないようになっているはずだ。秘密の抜け道なんて作ってあるわけがない」


 力説するラトゥンである。アリステリアは呆れ顔になる。


「でも貴方、出口を探していたのよね?」

「もしかしたらあるかもしれない、そう思って足掻いていただけだ。確証はなかった」

「出口があったんだからいいじゃない。……というのは、身も蓋もないから、付き合ってあげるけれど、貴方のこの井戸に対する認識、本当に合ってる?」

「……どういう意味だ?」

「ここが処刑場として使われていた、というのは本当でしょう。でもそれは最初からなのかしら? 初めにこの地下ダンジョンが作られた時から、処刑場として使うために作られたものと断言できる? わたくしはできない」


 隠し通路を覗き込むアリステリア。


「ここは別の意図で作られたもので、後からきた人間が、処刑場として打ってつけだから、井戸から追放者を落とすようになった、ということではなくて?」

「そう思う根拠は?」

「この地下の通路や小部屋の存在」


 アリステリアは迷いなく告げた。


「最初から落として殺す井戸だったら穴だけ掘れば充分のはずよ。わざわざ通路を巡らせたり、小部屋をいくつか作る意味はないでしょう?」

「確かに」


 処刑場を作る人間なら、落とす人間を殺せればいいだけで、アリステリアの指摘する通り、ダンジョンのようにする必要はない。


「そもそもの話、本当にここが処刑場だったら、わたくしもとっくに死んでいるんじゃないかしら」

「だが、あんたを落とした奴は殺すつもりで、落としたんだろう。……そういえば雰囲気で思い込んでいたんだが、あんたを落としたのは聖教会で間違ってないか?」

「言わなかったかしら? あー、確かに聖教会の人に落とされたとは言っていなかった気がする」


 アリステリアが、先に行って、と通路を指さす。先導しろということなのだろうが、立ち話をするつもりもないらしい。


「巡回で、この村にきて、珍しいものがあると言われて、あの塔のような井戸に登ったら、後ろから付き添いが、ドンと押して。それでおしまい」

「酷いもんだ」


 正式に処刑されたというよりは、事故に見せかけて葬られたような感じか。そうなると聖女が何か罪を犯して処分された、という風に世間には伝わらず、蒸発、事故方面からの行方不明になるだろうか。


「話を戻すけれど、ここ、何だと思う?」

「処刑場説は、否定されてしまったからなぁ。ダンジョン、地下迷宮。閉じ込めるという意味では、あまり変わらないが」


 道が微妙に上り坂になりつつある。地上へ出るのではないか、そう思えてくる。


「いつから居るか知らないが、ここに住んでいた自称聖女様の意見は?」

「自称、って、まあ貴方からしたらそうでしょうとも」


 アリステリアは頬を膨らませた。


「ここは本来、秘密の避難所だったんじゃないかなって思う」

「避難所?」

「そう。何か村に厄災が降りかかった時に、逃げ込める地下壕」


 アリステリアは天井を指さした。


「井戸と呼ばれる塔は、その目印と換気用の穴だったんじゃないかなー、って」

「なるほどな。俺の中で、その説がしっくりきた。井戸なんて呼ばれているが、水を汲むものじゃなくて、ただの穴だったし、後付けの呼称だったかもしれない」

「予想だけどね」


 アリステリアは舌を出した。


「ところで、まだこの道、続いている……よね」


 だいぶ真っ直ぐの坂。遠くまで続いているのを見て、彼女はがっくり肩を落とした。


「ひょっとして、足にきてるか?」

「立ちっぱなしは慣れているけれど、長時間歩くことはあまりなかったのよね。最近はじっとしていることも多かったし、鈍ったかもしれないわ」


 そういうとアリステリアは両手を広げた。


「何だ?」

「おぶって。独立傭兵さん」

「……」


 この展開は想定外だった。だがラトゥンはため息一つつくと、言われるまま、アリステリアを背負った。


「案外、あっさり従ってくれたわね。貴方ってとってもいい人?」

「昔、ハンターをやっていた頃、わがままお嬢様をおぶったことがある」

「まあ。わたくしはわがままお嬢様じゃないわよ」

「同じだよ。俺からしたら」


 ラトゥンは長い緩やかな上り坂を行く。


「……いい人でありたいとは思っている」

「え、何?」

「何でもない」



  ・  ・  ・



 どれくらい歩いたか。やがて、ラトゥンとアリステリアは、分厚い鉄の扉に辿り着いた。少し押した程度ではビクともしなかった。


「鍵がかかっているのかしら?」

「ここで待っても何も改善しないだろう。――ぶち壊す」


 ラトゥンは拳を固める。一瞬、暴食の左手で喰らったほうが早いかもと思ったが、まだ正体を知らないアリステリアの前で見せることもないだろう、と悪魔単体のパワーに賭けた。


「フンっ!」


 一発目、鉄の分厚い扉がへこみ、歪んだ。もう一発――ドオンと鈍い音と共に扉が吹っ飛んだ。


「さすが悪魔さん。うわー、外だー!」


 アリステリアは両手を挙げて、外の新鮮な空気を体いっぱいに感じる。だが――


「うん、これはよくないわ。ええ、とってもよくなさそう」


 彼女は手を下ろし、ラトゥンもまた身構えた。


「どうしてここに、くせぇ奴らがいるんだ……!」


 聖教会の武装神官が、二人の出てきた出口を取り囲むように立っていた。


「神父、出てまいりました」


 一人の武装神官が言えば、その後ろのゆったりした席に腰掛けていた聖教会の神父が立ち上がった。


「おや、ようやくお出ましですか。ずいぶんと待ちましたよ、聖女アリステリア」

灰色の髪の初老の神父は、しかし背筋が伸びていて、落ち着きと同時に威厳を感じさせた。

「カラド神父……」


 アリステリアが呟けば、カラドという名前らしい神父は、現れたのが聖女だけでないことに気づいた。


「おや、おやおや。思いがけない展開だ。まさかお一人ではなかった。……えーと、どちらさまでしょうかね?」

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