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第107話、彷徨う悪魔と聖女


 ラトゥンは、聖女と自称したアリステリアと井戸の底であるダンジョンを彷徨う。もちろん、出口を探してだ。


「聖女だから、高いところから落ちても死なない」


 ラトゥンは前を行きながら首をかしげた。


「聖女だから、モンスターにも食われず、聖女だから、食事をしなくても平気。あとおまけに聖女だから発光する……」


 一瞥すれば、全身から仄かに光を放っているアリステリアは、ニコリと笑った。


「聖女ですから!」

「わけがわからない。本当に人間か?」

「悪魔である貴方に言われたくないわ」


 アリステリアは少しだけ拗ねる。


「これも加護、というのかしらね。あるいは半分仙人とか神様みたいなものかもしれない。ほら、仙人って霞を食べるって言うでしょう? わたくしも空気中に漂う魔力を取り込めば、お腹を満たせるの」

「なるほどな」

「あー、その顔は、納得していないわね?」

「できるか、そんなこと。……だが現実にそうやって生きてきたんだ。俺が否定したって、それが現実だろう?」


 決して納得はしていないが、そういうものだろうと思うことでラトゥンは、彼女の存在を認めた。


「聖女って凄いんだな」

「そうね。だから特別視されて、聖教会も囲い込もうとしたんでしょうね。わたくしの代表的な力『癒し』も、魔法のようでそれとは違うらしいというのが、見解だからね」

「特殊な力、固有の能力、才能」

「そんなものよ」


 アリステリアは胸を張った。この得体の知れない井戸の底を歩き回っているのに、恐れとか不安など何も感じていないようだった。


 暗いから怖い、化け物とか出たら怖い、などと言われて縋られても邪魔なだけだから、こういう場でも平然としているアリステリアは大したものだと、ラトゥンは内心思った。これも聖女だからだろうか。


「一つ、あんたの能力で気づいたことがある」

「何かしら? 気になるわ」

「あんたといると、この地下の淀んだ臭いや空気が消えるってことだ」


 最初に彷徨っていた時は、鼻を押さえたくなるほどひどく、また寒気も感じていたが、そばにアリステリアがいると、そういう不快さを感じないのだ。


「わたくしの力に浄化があるの。きっとそれね」

「便利なものだ。ハンターだったら、ぜひパーティーに欲しい能力だ」

「そうなの?」

「ダンジョンや洞窟探索は、空気が悪いことも多いからな。周りが正常な空気であるのはいいものさ。……毒も浄化できるなら、なおのことな」

「……毒は、かなり弱くすることができるはずよ」


 アリステリアは少し考える。


「でも、毒にやられたら、わたくしが浄化と癒しで治せるわよ」

「ますます欲しい能力だな」

「じゃあ、わたくしも貴方のパーティーに加えてくれる?」

「俺の?」

「貴方、ハンターなのでしょう?」


 アリステリアが好奇心を丸出しにする。ラトゥンは眉をひそめた。


「俺は独立傭兵だ。パーティーはいない。……ハンターと言ったか?」

「なあんだ、ハンターだったら、なんて言うからそうかなって思ったのだけれど、違ったのね」


 ラトゥンの言葉から、彼女は目の前の男が何者か考察していたらしい。言葉の一つ一つから、推測することで、自分から問わずに正体を探っていたのだ。


「元ハンターだ。……そういえば名乗ってなかったな。名乗った方がいいか?」

「……貴方の名前を知ったら、わたくし殺されてしまう?」


 小悪魔じみた表情になるアリステリアである。名前がわからないと呼べないとか、そういうことも言わなかった。ラトゥンは頭をかいた。


「まあ、知らない方が、何かあった時に面倒はないかな、とは思う」

「お気遣いありがとう。……へえ、貴方ってそういう人なんだ。ちなみに、知られたらマズいのは聖教会関係?」

「当ててみてくれ」


 ラトゥンは意地悪をした。ここまでの会話で、どこまでラトゥンの人物像を組み立てたか興味が湧いたのだ。

 アリステリアは嫌な顔もせず、むしろよい暇つぶしができたとばかりに顔をほころばせる。


「そうね。貴方は悪魔だけど、聖教会の悪魔たちとは別。むしろ聖教会と敵対的な関係にある。そうでしょ?」

「素晴らしい洞察力だ」

「これでも聖女として、色々な人と会って会話をしてきたからね」


 得意になるアリステリアである。エキナ曰く、聖女は有名人であるようで、彼女に頼って多くの人がやってきて、それらと面談などもしていたのだろうと想像できた。


「ここまで来たら、俺の正体もわかってきたんじゃないか?」

「あら、そういう言い方をするということは、貴方も割と名前の知れた有名人?」

「聖教会の間では、有名だろう。……何せ、熱烈な追っかけがいるくらいだ」

「ふふ、なにそれ。つまり、貴方は、聖教会から手配されているってことね。泥棒、犯罪者――でも、悪魔」


 そこまで言って、ふう、とアリステリアは息をついた。


「どうした?」

「わたくし、そういう手配方面の情報、まったく疎いのよ。部署が違うというか、治安維持部門じゃないから」


 間違っても神殿騎士ではない。部署違いと聞けば、そんなものかとラトゥンも納得する。


「まあ、わからないなら、そのままでもいいさ。名乗るほどのものでもない」

「あ、逃げたわね」


 おかしそうにアリステリア。


「ところで貴方。出口がわかって歩いている?」

「いや、それを探している。……わかっていたら、さっさと脱出しているさ」


 この忌々しい地下。何だかぐるぐる同じところを回らされているような気がしてきた。


「一つ聞いてもいいかしら、悪魔さん」

「何だ?」

「貴方って、空を飛べたりする」

「……まあ、一応」


 変身すれば、ワイバーンのような飛行できる生物にもなれる。悪魔っぽく背中に翼を生やすのはやった覚えがないが、できる……と思う。


「飛べるのなら、落ちたところから飛んでいけば出られたんじゃない?」

「……」

「忘れてたのね?」

「いや、普段から飛ばない人間だから、飛んで戻るという考えが思いつかなかった」


 気づいてしまえば、とても単純なことだった。迂闊でもあるが、同時に不安もおぼえる。


「落ちている間、方向感覚がおかしくなったからな。空を飛べても、真っ直ぐ戻るのは難しいかもしれない」

「……壁に翼がぶつかれば、墜落ですものね。いい考えだと思ったのだけれど、考えが甘かったわね」


 うーん、とアリステリアは考え込む。


「たぶん、この辺りだと思うの」

「何が?」

「出口」

「本当か?」


 怪訝な表情になるラトゥン。アリステリアが変なことを言い出した。


「わたくし、物凄く運がいい女なの。物事がいい方に転がる力、というか、神様の加護みたいな? それで、ふと困った時に閃いた時とか、ちょっと足を止めたところに、何か手がかりや答えがあったりするの」

「そんな都合のいい話があるのか?」


 ラトゥンが真顔になれば、対照的にアリステリアが笑みを浮かべた。


「見ぃつけた。たぶん、この地下の出口」

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