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第106話、その者、聖女


「聖女……?」


 目の前の金髪の乙女――アリステリアと名乗った彼女は、聖女を自称した。驚きを隠せないラトゥンである。


「いや、待て。呼ばれていました?」


 聖女であったのは過去の話。暗に今は違うということだろうが、どういうことなのか。聖女については、時々聞くし、エキナも王都にいるという話をしていた。だが、ラトゥンは、そもそもそれがどういうものか、詳しくは知らない。


「どういうことだ?」

「あー……話せば長くなるんだけれど……聞きます?」


 悪戯を告白する子供のように、上目遣いを寄越すアリステリア。ラトゥンは腕を組んだまま返した。


「端折れるところは省略してくれ」

「そう、いいわ。貴方も座ったら?」


 アリステリアは座った。ラトゥンは適当にすると、手だけ振った。


「それで、どこから話しましょうか? 生まれた時から、今までを――」

「何故、ここにいるのか、そこからかその少し前辺りからで」

「そう……?」


 少し不満そうにアリステリアが頬を膨らませた。そうすると、元より幼い顔立ちがなお子供っぽく見える。


「わたくしは、少し特殊な魔法を操る力があって、聖教会に声を掛けられたの。聖女って呼ばれて、救いを求める人々に癒しを与える。まあ、そんな役目をしていたの。それでこの格好――」


 彼女は自身の神官服を見下ろした。少し汚れていた。


「一応、プリーステスという立場をやっていたわ」

「下っ端、というわけではないと」

「失礼ね。聖女なんて言われていた人間が、下っ端のはずないでしょう」

「あいにくと、宗教の階級には、さほど詳しくないんでね」

「……そうかしら?」


 くすくす、とアリステリアは笑った。


「貴方は、その辺りの人間より詳しいんじゃない?」

「何故、そう思う?」


 もしかして、俺のことを知っている?――ラトゥンは警戒する。そういえば、アリステリアはラトゥンが悪魔であることを言い当てている。


「貴方が悪魔だから、よ」


 何でもないように彼女は答えた。


「貴方も悪魔なら、聖教会がどういうところかは知っているのではなくて?」

「……そうだな」


 悪魔たちの巣窟。人々を救う宗教――その実態は、悪魔による支配。


「そういうあんたは、人間だろう? 聖教会の実態を知って、口封じも兼ねてここに落とされたか?」


 聖教会の悪魔たちの陰謀、あるいは正体を知ったがために処分されたと見れば、筋は通る。


「あれー、そういうこと言っちゃうんだー」


 アリステリアはそっぽを向いた。


「せっかく順序立てて話してあげようと思っていたのに」


 つまり正解ということか。ラトゥンは目を伏せた。


「それは悪かったな」

「まるで気持ちがこもっていないわ。もう一回」


 どうでもいい。そこは――ラトゥンは払うように手を振った。

 彼女がここに落とされたのは、口封じ以外の何ものでもない。


 聖女は有名人のようだし、殺害してしまったら目立つし、聖教会としてもマイナスイメージだ。病気というのも、癒しの力とやらを持っている聖女だと説得力に欠ける。それで言えば、行方不明も聞こえはよろしくないが……。


「それで、何だってここに落とされたんだ?」

「貴方、さっき口封じも兼ねてって言ったじゃない」


 何を言っているの、という顔をするアリステリアである。


「聖女様が何だって、こんな村まで来ているんだって話だ。口封じなら、別にここでなくてもいいだろう?」

「さあ、わたくしにもよくわからないわ。王都の外の町の巡回というお役目に出るってなって、わたくしワクワクしていたんだけれど……。この村に来て、あの塔から落とされたの」

「塔じゃなくて、井戸な」

「それはそうなんだけど、それを言ったら、あれはただの穴じゃない。水を汲むわけでもないし、ただ人を落とすだけ」

「それはそうだ」


 ラトゥンは苦笑した。だがすぐに真顔になる。


「あんたは、聖教会が悪魔の巣だと知っていた。だが逃げたりはしなかったのか?」

「か弱いわたくしが悪魔たちから逃げられるとは思う?」


 アリステリアも真顔で返す。


「これでもわたくし、王都で顔が知られた聖女だったのよ? 悪魔の目を誤魔化して逃げられるわけがないわ」


 だから聖女として、彼らが望むようにお役目を果たしていた、と彼女は言った。表向き、聖教会として、正しい行いをすることで、裏の思惑をカモフラージュする。


「困っている人、救いを求める人を助けるのは、悪魔がどうとか関係ないもの。つまりわたくし自身がやっていることは、悪魔が云々ってのは関係がなかった。ただ……裏で彼らがやっていることを知ってしまうとね。逃げたくてたまらなかったわ」


 でも――とアリステリアは言った。


「助けを求める声は本物で、それで救われる人々がいるのも事実。だからわたくしは聖女としての役目を果たした。ただ、彼らは自分たちが悪魔であることをわたくしが知らないと思い込んでいた」

「だが現実には、正体を知っていた」

「ええ。そういうのが態度に出てしまったのでしょうね。わたくしが、聖教会が悪魔だらけだと気づいていることに、彼らも勘づいてしまった。だから、事が表に露見する前に、わたくしを……と考えたんじゃないかしら」

「大体のところはわかった」


 何故、その場で彼女を殺さなかったのかはわからないが。イメージ云々と先に考えたが、やはりこの村の井戸に落とすのは面倒でしかない。相応の理由があるのではないか? 王都で始末できなかった理由が。


「そういえば……」


 ラトゥンは、もっと単純な疑問に気づいた。


「あんたは、この井戸に落とされたんだよな?」

「そうなるわね」

「……何で生きているんだ?」


 普通の人間が助かる高さではない。激突して地面の染みになるか、あのスライムのようなものにはまって死んでいたはずだ。


 そもそも、彼女はいつからここにいるのか? つい最近なのか。それともかなりの日にちが経っているなら、その間の食料などは? 考えれば考えるほど、色々辻褄が合わない。


「あら、それを聞いてしまうのね。……うーん、そうね」


 アリステリアは、小さく舌を出した。


「わたくしが、聖女だから、かしらね」

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