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第92話、仲間たち


 番人を倒した。

 ラトゥンは、暴食の姿から人間の姿に戻り、周囲を見回した。他に敵となるような危険なものが潜んでいないか。


 ハンター時代からの本能的な習慣だった。安全地帯でもなければ、モンスターなどを倒した直後が一番危ない。倒したという安堵や、戦いの緊張感から解放された瞬間は、注意が疎かになるのだ。

 幸い、敵性生物はいなかったが、エキナや仲間たちが視界に入った時、とてもホッとした。


「よかった。巻き添えにならなかったようだな」


 番人はかなり場を荒らした。ブレス攻撃もしてきたから、流れ弾に当たる可能性もあった。

 仲間たちの元へ戻ろうと歩きかけて、ふと足が止まる。


 ――俺は、正体を明かした。


 ギプスには変身だと告げたが、番人を倒した……いや、喰らった今、それだけで納得しているのか疑問だった。

 エキナは知っている。その上で、行動を共にしているのだから問題はない。


 クワンは、全てを知っているわけではないが、ラトゥンがどうやら悪魔らしいことは知っている。もちろん、その姿と力を見せたのは今回が初めてだから、想像とはかなり違っていたかもしれないが。


 ――さすがに、戦う前のようにはいかないか。


 悪い予感が込み上げる。変身能力というだけではギプスは納得しないだろう。

 では、どうするべきか? 話すしかない。だが『暴食』であることは黙っているべきか。聖教会から追われていることを考えれば、暴食という存在は知らないままにしておくのがよいのではないか……?


 しばしラトゥンが考えていると、仲間たちを乗せた車の方からやってきた。

 番人との戦いで、積もっていた雪はだいぶ散り、炎で地肌がむき出しになっているところも多かった。


 溶けてぬかるみになっているかと思えば、そんなこともなく、どうやら番人のブレスは溶けた雪の水分すら蒸発させてしまったようだった。

 やがて、ギプスが運転する車がラトゥンの前までやってきた。


「よう……」


 ギプスが第一声を発した。しかしその表情は何とも複雑なものだった。ラトゥンの懸念は当たった。だが口を開く前に、エキナが笑顔を浮かべた。


「お疲れ様でした、ラトゥン!」

「ああ、大したもんだよ、ラトゥンの旦那」


 荷台の方から顔を出して、クワンも微笑している。


「あんな化け物を、本当に倒しちまうなんてなぁ……」

「怪我はないですか、ラトゥン?」


 心配してくれるエキナ。ラトゥンは肩の力が抜けるのを感じた。


「何とかな、無事だよ」


 ちら、とラトゥンはギプスへと視線をやる。ドワーフは何とも言えない顔をしていた。

 何と言うべきだろうか――逡巡するラトゥンだが、ギプスは口を開いた。


「話なら聞いたぞ」

「?」

「嬢ちゃんからな」


 話したのか――ラトゥンが悪魔『暴食』であることを。だが気をきかせたのか、エキナが先んじて話したようだった。


「まあ、聞こうとは思ってはおったんじゃ。赤の魔女の元に、どうして行きたがるのか」


 ギプスは、躊躇いがちに言う。プライベートな話題だからか、あるいはラトゥンの正体を知って緊張しているのかはわからないが。


「そのうち話してくれるかとも思ったが、こっちも中々タイミングがなくてのぅ」

「そうか」

「元が人間じゃから、元に戻りたいと願うのも無理はないわな」


 ギプスは笑った。


「それにしても、お主、強かったのぅ!」

「まあ、な……」


 絶対に勝てるという自信はなかった。しかしやるしかなかった。だがそれを改めて言う必要はないとラトゥンは思った。


「それだけの力があるなら、そのままの方が元より強くないか?」

「そりゃあな。生身の人間が勝つのは難しい相手ではあったが……」


 ラトゥンは振り返る。


「悪魔として人から疎まれる人生は、ごめんだな」

「そうさなぁ。人は一人では生きてはいけんものじゃ。力だけあっても、それで幸せになれるかは、別物じゃな」

「ラトゥン、どうぞ」


 エキナが前の御者台の位置を譲る。ギプスも乗れ、と首を動かしたので、ラトゥンは車に乗った。


「さて、それじゃあ、行くとするかのう」


 ギプスはアクセルを踏んだ。


「あの丘を超えたところに、魔女の隠れ家がある。……ほれ、あの突き出た先端。あれが隠れ家の屋根じゃわい」

「ギプスの旦那って、魔女の隠れ家に入ったことあったっけ?」


 クワンが尋ねる。ギプスは首を横に振った。


「いいや、番人がおったから、その先にはいけなかった」

「それなのに、あれが隠れ家ってわかるんだな」

「何を言うのかと思えば」


 ギプスは鼻で笑った。


「わしらは魔女を探して、ここへきたんじゃぞ? そこで建物があれば、魔女以外にはおらんだろうよ」

「あんな番人がいたんだ」


 ラトゥンは腕を組んだ。


「魔女でもなければ、とてもこんなところに住めないだろうな」

「というか、クワンさんもあそこに行ったことあるんでしょう?」


 エキナが胡散臭そうな顔になった。


「知っているくせに、意地悪じゃないですか?」

「別に意地悪じゃなくて、行ったことないのによくわかったなぁって思っただけ」

「そういうお主も、こんなところに建物があったから、行ったんじゃないのか?」


 ギプスに突っ込まれ、クワンは肩をすくめる。


「そりゃ……そうだな。我ながら馬鹿なことを聞いたな」


 車は走る。我が物顔で徘徊していた番人がいなくなったことで、障害となる物はなかった。

 わずかに残る雪を踏みながら丘を登れば、目的の建物――魔女の隠れ家が本格的に見えてきた。


 やや古風な洋館といったところだ。館というには、あまり大きくない。だがそれよりも異様だったのは、建物自体より周りの環境だ。


 丘まではうっすらと雪が積もっていたのだが、そこを越えたら雪は消え、湿った空気と小雨が降り注ぐ岩地となっていた。所々に草は生え、建物にも植物の蔦などが見える。


「隠れ家とはよく言ったものだ」


 ラトゥンが率直な感想を言えば、彼の肩にエキナが手をかけて後ろから覗き込む。


「雰囲気ありますよね。いかにも魔女が住んでそうです」

「どんな人なんだろうな。魔女って」


 やはり怖い人なのだろうか――ラトゥン、そしてエキナは荷台に振り返り、クワンを見た。


「まあ……行けばわかるよ」


 急に言葉数が減るクワンだった。ギプスは車を館の前に止めた。


「ついたぞ。……ついた」


 感慨深げにギプスは、エンジンを止めた。前回は届かなかった場所に、ドワーフはついに辿り着いたのだ。

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