目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第90話、暴食 対 番人


「間違っても、攻撃しないでくれよ」


 ラトゥンは、ギプスにそう念をおしてから、その姿を変えた。

 一回り逞しい体躯の悪魔の姿に。

 見慣れたエキナは平然としているが、初見のギプスは目を見開き、全体像は初めてのクワンもまた絶句していた。


「そいつが変身か……!」


 事前にラトゥンが伝えた通り、悪魔の姿を魔法か何かの変身とギプスは解釈したようだった。


「よくできてるのぅ。悪魔か。……はえぇ」


 感嘆の声を上げるギプス。クワンは呆れも露わな視線を、ドワーフに投げかける。悪魔の姿こそ、ラトゥンの真の姿と思っているからだ。

 そんな視線など知らず、ギプスは興味深げに暴食姿のラトゥンの背中をポンポンと叩き、感触を確かめる。


「ほぅ。……それで、ラトゥン。変身は結構じゃが、それでどう番人に立ち向かうつもりなんじゃ? 言ってはなんじゃが、そのくらいの変身でどうにかなるもんでもないと思うんじゃが……」

『だから奥の手を使うのさ』


 声まで悪魔になっているラトゥンは答える。ギプスは眉をひそめる。


「奥の手? その変身が奥の手じゃないのか?」

『その一部というやつだ。姿を変えただけで勝てるとは思っていない』


 地響きがする。ラトゥンが何かした――ではなく、番人が超巨大ゴーレムを倒したのだ。番人の手には、大きく輝く宝石のようなものがあった。


「ゴーレムコアかっ!?」


 ギプスが目をみはり、エキナは言った。


「岩の中から引きずり出したんですね」

「どうするつもりなんじゃ……?」


 番人は、宝石を口に運ぶと、それを噛み砕いた。肉を食うのとはわけが違う。しかしバリバリと砕いて飲み込むと、コアを失った超巨大ゴーレムは二度と起き上がることはなかった。

 連結も解けて、岩だけが無数に散らばっている。

 ゴーレムを倒した番人は、ラトゥンたちを見た。次は、お前たちだと言わんばかりに。


『説明している余裕はなさそうだ』


 ラトゥンは腕をブンブン振り、肩の可動を確かめながら前に出る。体の作りや動きは、しっかり見させてもらった。


『ここからは俺がやる。俺がやられた時に備えて、逃げる準備だけはしておいてくれ』

「ラトゥン……!」

「死ぬ気じゃあるまいな!?」


 エキナ、そしてギプスが感情を乗せる。悪魔は手をヒラヒラさせた。


『まさか。俺は自分の願いを果たすまで死ぬつもりはない』


 暴食を引き離し、元の人間に戻るために。


 ――思えば、ここまで一緒だったんだなぁ。


 最上級悪魔の力。しかしその精神に乗っ取られるかもしれないと、恐れもあった。


 ――俺が、こいつと戦うのは、これで最後になるんだ。


 魔女に会って、その願いを叶えてもらえたら。暴食が分離したら、元の人間になる。


『……』


 雑念が過る。番人が、暴食の前進に合わせて、ゆっくりと近づいてくる。テリトリーに入った者への怒りを発散させながら。悪魔となったラトゥンは、そのまき散らされている気配を全身に感じた。


 ――余計なことは考えない。


 ラトゥン――暴食は気合いを入れた。


『さあ、やろうぜ。番人よ。……タイマンだ!』



  ・  ・  ・



 全高約40メートルと、約2メートルでは、体格差が半端ない。

 人間の感覚からすれば初めから相手にならないと思える。しかし体が小さいほうが弱いと決めつけるのは、自然界をわかっていない。


 世の中には自分の体重の数十倍のものを持ち上げるパワーを持つ昆虫がいたり、乗り物より早く走れる獸がいたりと、見た目だけで判断はできないのだ。

 それが悪魔であるなら、なおのことである。


 どちらが先に攻撃したか。

 リーチのある番人? 魔法が使える暴食?


 その一撃は、番人の前足――腕から繰り出された。振り下ろされた拳を暴食は避けて、その常人離れした脚力でジャンプ。番人の顔面に迫った。


 まず顔面に一発――を入れる前に、番人は拳を返して、虫をはたき落とすようにぶん回した。

 結果、暴食は雪原に墜落する。あの大きさ、人間ならば即死確実な一撃だった。無残に体中の骨が砕かれ、内臓は潰れ、、血が噴き出す。


 目撃した者からすれば、そんな最期がちらつく攻撃だったが、叩き落とされた暴食は、五体満足な姿を見せて立ち上がった。


『勢いは止められないが、ダメージはなしだ』


 暴食は直前に展開した防御魔法が、番人の直撃を回避したのを確かめた。防御魔法を駆使すれば、ほぼ無傷といってよい。


『あとは、攻撃を入れるだけだ』


 吹っ飛ばされた分、暴食は走って距離を詰める。サイズ差が半端ないせいで、飛ばされると戻るまでが一苦労だ。

 しかし番人もまた、向かってくる暴食を迎え撃つべく前に出た。完全に息の根を止めるまで無視することはないだろう。


 番人は、ゴーレム戦で見せた全身ダイブをかましてきた。打撃で吹っ飛ばした程度では暴食は死なないと見て、潰しにかかったのかもしれない。

 暴食は垂直に跳躍。ボディプレスからは逃れたが、飛び込んできた番人の体から逃れ切れず接触――


 ぶつかって跳ね飛ばされる寸前に、逆に暴食は番人の顔面にパンチを叩き込んだ。番人の頭が後ろへわずかに動いたが、体当たりの勢いを止めることはなく、暴食の小さな体は巻き込まれ、胴体から落ちた番人の勢いで、またも吹っ飛ばされた。


 しかし、今度はきちんと二本の足で着地する暴食である。


『この体でなかったら、今のでも戦闘不能か死んでいたか』


 番人が起き上がろうとする。最上級悪魔の渾身のパンチでも、番人にとっては大した打撃にならなかったようだ。

 暴食は、起き上がる隙に再度距離を詰めた。


『まだまだ序の口ってか? それは俺も同じだ』


 左手から暗黒剣を取り出す。


『お前を倒すのを、諦める気はないんでな。仕掛けさせてもらうぞ!』


 正直、パトリの町の地下で戦ったモーンストルムのように、斬って部位を切断できるような気がしない。手足は太く、そして頑丈そのもので、切れ込みをいれるのが精々であろう。


 だが、やってみなければわからない。それが世の中というものだ。

 そして彼は、諦めの悪い男であった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?