「どうしてこんな、こんなつまらないことに気づかなかったのか」
ギプスは、天を仰いだ。
車は雪上に止まっていた。正確には丘から、番人と呼ぶモンスターがいる雪原へ下りたのだが、そこは雪が想定以上に積もっていて、車の速度が大幅に落ちた。胴体が雪をこすり、その行き足を止めさせる。
「番人の大きさとその足跡から、深さをある程度予想できたのにな」
番人は、雪原に入り込んだ車に気づき、向かってきていた。四つ足で駆けてくるさまは、危機迫る。その足で蹴り飛ばされるだけで、車ごと吹き飛ばされ、ただでは済まないだろう。
「おいおい、ヤバイよ、これはよぉ……」
クワンの泣き言はいつものこととしても、これは進退窮まった。ラトゥンは、突っ込んでくる番人を睨む。
――防御魔法で、一撃は耐えられるか? いや、耐えるしかない!
それで駄目なら、やられるだけだ。言い出しっぺは自分だから、巻き込んだ仲間たちには済まないが。
――俺が前に出て、皆を逃がすか……? 四方に散ったら……そっちに目移りしたらどうする?
動いているものに対して、強い反応を示す生き物は多い。一番近くではなく、逃げている方を追いかける傾向にあるのだ。
前には番人、後ろには超巨大ゴーレム。身動きできず。
「こうなれば、最後まで抵抗してやるぞい!」
ギプスは機関銃を引っ張り出して、正面から迫る番人に向ける。相手の巨体を考えれば、機関銃が通用するのか怪しいところだが、やらないよりマシというところ――
「うん? ……ギプス、待て!」
ラトゥンは立ち上がる。エキナが驚き、ギプスも機関銃を構えたまま視線を投げかける。
「何じゃ? 撃つぞ」
「だから待て。じっとしてろ」
「おいおい旦那ぁ……!」
情けない声をあげるクワン。あっという間に番人は迫って、あと一歩で踏みつぶされるというところまで来る。
仲間たちが最期を覚悟する中、ラトゥンは平然と見送った。番人は、車の上を素通りした。
「見えないはずがないんだ」
ラトゥンは呟く。
「あのゴーレムが、さ」
ラトゥンたちを追いかけてきた超巨大ゴーレム。高さ三十メートルはあるその岩の人形に、番人は飛びかかった。
「車も雪原じゃ目立っただろうが、あのデカブツに比べたら、優先度は低いな」
超巨大ゴーレムは、索敵範囲外が見えていないが、番人はその巨体ゆえ、遠くからでもそれを視認していたであろう。
不用意にテリトリーに入ってきて、かつより脅威度が高いと感じたものを優先した。だから小さな人間よりも、巨大なゴーレムに殴りかかったのだ。
体当たりを食らって、巨人は押し倒された。多数の岩が繋がって構成されるゴーレムは、その場で倒れ、その部位を飛び散らせた。
あまりにあっけない最期だった。まるで箱の中身をぶちまけたように、ゴーレムだった岩が飛散した。
「よわっ」
クワンがその様を見て、率直な感想をもらした。
「あんだけ苦労して、これかよ……」
「お前は何もしとらんだろうが!」
ギプスが怒鳴る。ラトゥンは車から飛び降りると、車体を押して向きを変える。
「お、おい、ラトゥン!? 何をしとるんじゃ!?」
「動けないとまずいだろう?」
雪の上で踏ん張り、悪魔の馬鹿力で車の向きを変える。
「あ、ゴーレムが!」
エキナが声を弾ませた。バラけたと思われたゴーレムの体が元のように集まり、再生しているのだ。
「戻ったぞ!?」
「そういえば、ゴーレムにはコアがあって、そいつを壊さんと元通りになるヤツもおったわい」
ギプスが解説した。ゴーレムにコア――ラトゥンはそこで首をかしげる。
「それって、あのゴーレム地帯のゴーレムを魔法で撃ったが……あれ倒せてなかったのか?」
「コアを撃ち抜いたなら、倒せていただろうよ」
「じゃあ、ほとんど倒せてなかったってことだな」
道理で、倒しても倒しても次が現れるわけだ。あれは、湧いているのではなく、倒したと思われたものが、再生していただけだったということか。
「早く言ってくれよ……」
「知っていると思ったんじゃ。……というかワシも忘れておった」
あはは、とギプスが笑う。クワンが吠える。
「あはは、じゃない! 死ぬかと思ったじゃないか!」
「人間、死ぬ時は死ぬんだ」
移動の準備をしている間に、ゴーレムと番人が激突している。人間など軽くミンチだろうゴーレムの岩石パンチが、番人の胴体にめり込み絶叫させる。
しかし、打撃は当たっているのだが、それで番人は倒れる様子はない。番人は後ろ足で立つと、前足――実質手でパンチをゴーレムに見舞った。命中した岩が遥か彼方に吹っ飛ばし、破片を撒き散らせる。
胴体の太さや一回り大きな体躯と相まって、打撃戦では番人の方が優勢に見える。
「エグいのぅ。あんなパンチくらったら、車は鉄塊、生き物は肉塊じゃ」
「あんなのとどう戦えばいいんでしょう?」
エキナが不安そうな顔をしている。生身の人間が勝てるような大きさではない。まともにぶつかって、勝てると思うほうがどうかしている。
「あれに勝てだって……?」
クワンが不満げな顔をした。
「あんなの、勝てるわけがない! 魔女はあれに勝てと言うが、それってつまり願いを叶える気なんて、最初からないんじゃないか!?」
「かもな」
ラトゥンは、巨大ゴーレムと番人の死闘を見つめる。
「だが、俺は絶対に願いを聞いてもらうからな。あいつは倒す」
「ラトゥン……」
願いを知るエキナは、同情の目を向ける。ギプスは難しい顔のまま、クワンは否定的に首を横に振った。
「だから、どうやって倒すんだよ? 方法がなければ、いくら言ったって意味がないんだ!」
言うだけなら簡単なのだ。
「奥の手を使うさ」
「奥の手……?」
「ラトゥン、まさか――」
エキナは察した。ラトゥンは頷く。
「まあ、最後まで黙っていようと思ったんだけど、背に腹はかえられない。俺もここで死ぬつもりはないからな」
「あ、旦那、もしかして……」
クワンは何かに気づいた顔になった。そういえば、以前、彼には見せていた。悪魔の腕を。……腕だけではあるが。
わからないのはギプスだけだった。
「いったい何の話じゃ?」
「変身能力のことだ。俺は実は、あるものに変身することができるんだ」
悪魔に、ね――