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第88話、導け、巨大ゴーレム!


 巨大ゴーレムを連れて行く。

 言葉にすれば、ただそれだけのことだったが、いざ実行するとなると話は簡単ではなかった。


「誰じゃ、こんな馬鹿な策に乗っかったのは!? ――わしじゃ!」


 ギプスは自嘲しながら、ハンドルを鋭く切り返す。グン、と、飛来する岩を避ける。ここはゴーレム地帯。そのど真ん中に飛び込み、ゴーレムの近接を躱す。


 しかし、当たれば致命傷になりかねない岩はパスしても、小さな石つぶてまでは目をつぶるしかない。


「しゃらくさいっ!」


 ガンと、嫌な音がするたびに、ギプスは心臓が縮み上がるような思いにさらされた。


「まだか!? まだ現れんのかっ!?」

「まだ出ない!」


 ラトゥンは注意深く視線を走らせながら、魔法でゴーレムを攻撃する。少しでもギプスの回避の手間を軽くするのが目的だ。


 ここで車を失うのは痛い。巨大ゴーレムを引き連れて行くにあたり、あまり引き離しても駄目ということなので、最悪、人の足で走る手もある。だがここまで旅を共にしてきた車には、ギプスほどではないにしろ、ラトゥンもそれなりの愛着が湧いていた。


「ギプス、ターンだ!」

「もう次で最後にしてほしいもんじゃ!」


 ゴーレム地帯を抜け出る位置にまできてしまった。普通ならば無事にくぐり抜けたことに安堵するところだが、目的のものが出てこない以上、もう一度、となるわけである。ギプスが嘆きたくなるのも無理はない。


「そろそろヤバいんじゃないの、旦那!」


 クワンが泣き言を言った。風を切って飛んでくる石つぶてが、幌を突き破り、突き抜けていく。車のスピードと合わさって、当たれば大怪我、下手すれば即死もあり得る凶器が、頭の上を通過する。姿勢を低くしなければ危なかった。


「車が頑丈なことに感謝だな」


 ラトゥンが呟けば、聞こえたのかギプスは白い歯を見せる。


「ドワーフ製の車を舐めないでほしいところじゃな。そこらの車なら、当に潰れておるわ」

「ギプスさん!」


 エキナが叫ぶと正面を指さした。岩が浮いて一カ所に集まりつつある。


「お出ましだ」

「やっとかい! 待ちくたびれたわい!」


 大岩が重なり、その形を人型に変えていく。超巨大ゴーレムの登場だ。


「ここからが本番だぞ」

「わかっとる! 上手く誘い出してやるわい!」


 ギプスは、車を巨大ゴーレムに向ける。形となったゴーレムは、車に向けて足を伸ばしてきた。


「踏まれるかいっ!」


 巨大な足を回避。そして番人がいる方向へと車は走る。のっそりと旋回するゴーレム。


「気をつけろ。こいつは振り向きが遅い」


 その間に引き離し過ぎては、またやり直しだ。


「わかってはおるが、適当な距離感というのが難しいのぅ! どれくらいまで大丈夫なんじゃ?」

「ついてくる間は大丈夫なんだろうよ」


 超巨大ゴーレムが追跡を諦める距離など、わかるはずもない。相手が振り返り、追ってくる頃には、それなりに距離が開く。

 ギプスはアクセルを緩めた。


「向こうは一歩がデカいからのぅ。じゃがフルスピードじゃとこっちが速い」


 だから最高速は出せない。周りにいた小物ゴーレムのほとんどは追撃を諦めていた。巨大ゴーレムは一歩ずつ追ってくる。


「ギプスさん! ゴーレムが投石姿勢に!」


 後ろに移動し、超巨大ゴーレムを観察するエキナが報告した。ギプスは大声を発する。


「投げてきたら、避ける方向を右か左で知らせてくれ!」


 その方向にハンドルを切る、とギプスは言う。ある程度の速度を出している状態で、運転席から後ろを確認するのは困難なのだ。


「右です!」


 エキナが叫ぶと、車は右へ回避した。ズウンと巨岩が地面に激突し、土を巻き上げる。さすが巨大なだけあって、当たればペシャンコ。端に当たっただけでも大破だろう。


「ギプス、この距離だ!」

「なんじゃと!?」


 ギプスは目を見開いた。意味が伝わらなかったようなので、ラトゥンは続けた。


「岩を投げてくる距離だ。それ以上離れたら、おそらく追ってこなくなる!」


 攻撃してくる間は、まだ追撃の意思がある。それがなくなったら関心がなくなったということなのだ。


「エキナ! 回避指示を頼む」

「了解です!」


 岩が飛んでくるのは全て避けないといけない。ここは皆で協力して乗り切っていく。

 すでにゴーレム地帯は抜けていた。後は、超巨大ゴーレムを、番人のもとへ連れて行くだけだ。



  ・  ・  ・



 超巨大ゴーレムの動作というのは、実にシンプルなものだった。

 ゴーレム自体、本来は人工物であるから、定められた行動パターンに従って動く。一定の距離以上離れなければ、ゴーレムは追ってくるし、やや離れると投石をしてくる。そしてそれ以上離れたら、最初の時と同様、追尾を諦める。


 というより、それ以上を『見る』ないし『感じる』ことができなくなるのだろう。だから目視なら見える位置でも、ゴーレム的には見えなくなるのだ。


 パターンがわかれば、誘導は楽――とはならなかった。

 ゴーレムが岩を投げるために構えた時に車が回避したら投げずに、しばし狙いを定めるべくタメをつくるのだ。そして動きが単調になったところで投げてくる。


 つまり、回避は投げた後でなければいけないということだ。これは俄然、見張っているエキナの責任を重くした。

 タイミングが遅れれば、車は回避しきれず岩に潰される。だから彼女は、瞬きも躊躇うくらい集中しなくてはならなかった。

 パターンはわかっても、気が抜けなかったのはそのせいである。


 が、苦労しただけあって、超巨大ゴーレムを、番人のいる雪原にまで引っ張り出すことに成功した。


「さあて、ラトゥンよ、一ついいか?」

「なんだ、ギプス」

「ここまで誘導したはよいが……」


 運転するドワーフは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「どうやって、ゴーレムと番人をぶつけるんじゃ?」


 車を停めれば、追ってきたゴーレムはこのまま攻撃してくる。番人は索敵範囲外だろうから、あれだけ目立つにもかかわらずスルーするだろう。そうであるならば――


「番人に近づくしかないだろう」


 ラトゥンが感情を込めずに答える。ギプスは鼻をならした。


「そう言うと思っとった。……できれば別の答えを期待したんじゃがな」

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