ラトゥンの高速の一太刀を掻い潜り、魔術師モリュブ・ドスは衝撃魔法を至近距離で放った。

　結果、ラトゥンは簡単に吹っ飛ばされた。

「ラトゥン！？」

　エキナが叫ぶ。モリュブ・ドスは、宙を飛んでドスリと落ちたラトゥンの体を見やり、ほくそ笑む。

「この距離だ。死んだだろう」

　そして視線を残るエキナに向ければ、手斧が凄い勢いで飛んできた。

「うわっ、と――！？」

　反射でしゃがむモリュブ・ドス。回転した斧に首をすっ飛ばされるところだった。

「銃といい、斧といい、どこにそんな武器を仕込んでいるんだ……？」

　モリュブ・ドスは迎撃のために腕を女戦士に向けたが、すぐに彼女が迫りながら、左腕を不自然に上方に上げているのに気づいた。

　視線がそちらに行き、恐るべき凶器に気づいた。

「っぶなっ！」

　断頭台の刃の如き、重い刃の塊が降ってきた。飛び退かねば、胴体を簡単に両断されていただろう。

　刃は大地を抉り、土砂を飛び散らした。

「さっきからおかしな攻撃ばかりしやがって――」

　エキナが斬撃主体の大剣――エクセキューショナーズソードを振り回し、モリュブ・ドスの首を狙ってきた。

「処刑人みたいな剣をぶん回して……。そうか、その銀髪。お前、処刑人だな？」

　攻撃を回避しながら、モリュブ・ドスは右へ左へ、後退を続ける。

「暴食捜索に出たとばかり思っていたが、そうか、お前は生きていたんだな……！」

「！？」

　正体を見抜かれ、エキナは一瞬目を見開いた。だがそれは瞬きの間。エキナは構わず攻撃を続ける。

　過去のことがどうあれ、倒してしまえば結果は同じだ。

　そんな彼女の考えなど知る由もなく、モリュブ・ドスは言う。

「任務放棄したと思いきや、独立傭兵ってか？　これはどういう手品だよ」

　火の魔法を放とうとして、眼前に五丁の銃が突然現れたことで、モリュブ・ドスは慌てて身を引く。

　発砲。頭の上を銃弾がすり抜けた。

「お前、悪魔の奴隷のはずだろう？　何で独立傭兵なんかやってるんだよ？」

　下から見上げるモリュブ・ドスの顔面に、エクセキューショナーズソードが振り下ろされた。

「危なっ！　それは首を斬るもので、顔を割るものじゃないでしょうが！」

　間一髪、後退して避ける。振り下ろされた剣に地面が割れ、砂が待った。それはモリュブ・ドスの目元近くにまで飛んだ。

　その隙を狙われる――瞬時に察したモリュブ・ドスは腕を突き出し、魔法の構え。エキナは反射的に後ろへ飛んだ。

「いい反応だが、まっすぐ後ろに飛ぶだけじゃ避けきれない――ぜ？」

　背中に寒気が走った。いるはずのない場所に強烈な敵意と人の気配――まさか。

　振り向きかけた時、モリュブ・ドスの体を暗黒剣が貫いた。

「あ……生きてた、んだ――」

　至近距離の爆発魔法で吹っ飛ばした男の方――ラトゥンがその剣で、モリュブ・ドスの心臓を刺していた。

　ガクリ、と力が抜けて、その場に倒れるモリュブ・ドス。

「くそっ――」

　頼りの魔術師が倒れ、盗賊団の優男との仲間たちが逃げ出した。それを見たエキナが、処刑術、呪いの斧を投擲した。

　断頭の初期から使われていた斧は、まるで吸い込まれるように標的の首へと飛び、ポンと両断した。

「冗談じゃない――！」

　痩身の優男――ラー・ユガーは必死に逃げる。

「こんなところで、死ねるかよっ……！」

　一人、また一人と部下たちが首を狩られて倒れていく。

「おれは、ラー・ユガーだぞ！」

　死ねない。死んでたまるか。だから必死に走った。自分でもどこにそんな力があるのかわからないほど、いつもより早く走っている自覚があった。

　このまま逃げ切る――と思ったその時。

「ガウッ！」

　足を噛みつかれた。

「うわぁっ！？」

　自分でも情けない声だったと思うラー・ユガー。そのまま倒され、自分の足に噛みついてきたモノの正体に気づき、ゾッとした。体の大きな狼に食らいつかれていた。いつの間に現れたのか。

　心当たりもなく、また自分が巨狼に襲われているという自覚のないままだったことで覚悟もできず、ラー・ユガーは意識を失った。

　　・　　・　　・

　ラー・ユガーが目覚めた時、自分が縄で縛られていて、ついでに首にも縄をかけられていることに気づいた。

　部下は全滅し、周りにいるのは独立傭兵の男女――ラトゥンとエキナしかいなかった。

「お目覚めだな、ラー・ユガーの……ええ、と」

　ラトゥンは近くの大岩に腰を下ろした。

「何て名前だ？　ラー・ユガーの幹部」

「……」

　そんな尋問で、易々と名を明かすと思っているのか。ラー・ユガーは黙ってラトゥンを睨みつけると、首の縄が絞まり、さらに後ろへ引っ張られる。

「うっ、苦し――」

　背後に控える女――エキナが縄を調整する。ラトゥンは低い声を出した。

「名前は、優男？」

「ク、クワンだ」

「クワン、そう、そんな名前だったな。嘘をつかれなくてよかった」

　ラトゥンは告げた。彼がどういう意味でそう言ったのか、ラー・ユガーは計りかねる。

　この独立傭兵は、ラー・ユガー盗賊団のことを徹底的に下調べして襲撃してきたのではないか。だからクワンの名前は知っていたとみるべきか。

　――しかし、おれがラー・ユガー本人だってことは、知らないみたいだな。

　盗賊団の中でも秘密にしていたから、盗賊団を調べていたとしても、そこまでの情報は得られなかったのだろう。

　そもそも事実を知っている人間が、ギラニール他数名しかいない。捕まった下っ端をいくら尋問しようが、わかりっこないのである。

「それで……クワン、聞かせてくれ」

　ラトゥンは静かに言った。

「お前たち、盗賊団の話を。お前たちがあの村を拠点にした辺りから聞こうか」

　盗賊団の話を、と聞かれたクワンは睨みつける。

「そんなことを聞いて、何になる？」

　挑むようにクワンは言った。ラトゥンが合図すると、エキナが捕虜の首にかけて縄を引いた。

「質問をしているのはこっちだ」

「わ、わかった。……話す――首を絞めるのはやめてくれ」

「それはお前の態度次第だ」

　ラトゥンは無感動な声を出す。

「あの村に拠点を置いたのは、大体一カ月くらい前だ」

「何故、あの村に？」

「……前の狩り場の効率が悪くなったから、場所を変えた。その中で、ここを見つけたって話だ」

「なるほど、筋は通っているように聞こえる」

　ジロ、とラトゥンは、クワンを睨む。隠し事をしてもいいことはないぞ、という顔だった。