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第54話、盗賊団の助っ人魔術師


 その男、モリュブ・ドスは、盗賊たちに蔑みにも似た視線を向けた。


 灰色の髪。人相は悪く、獰猛、威圧的。身長は成人男性の平均よりやや高い程度だが、それでも上から見下している感が強い。

 魔術師らしいその男は、しかし身なりがよく小綺麗で、旅人とは思えない。だからこそ、何故この何もない荒れ地にいるのか、盗賊たちは理解できなかった。


 盗賊団の幹部クワン、いや真の首領であるラー・ユガー以外は。


「で、オレを呼び出したということは、非常事態なのだろう、ユガー」


 モリュブ・ドスが横柄に尋ねると、跪いたままの姿勢でラー・ユガーは答えた。


「団が壊滅しました」

「ほう……」


 興味なさそうに、モリュブ・ドスは片耳をほじりだす。


「相手は?」

「独立傭兵です」


 ラー・ユガーは続ける。


「どうもドーハス商会に雇われたらしく、こちらが夜襲をかけるべく準備をしていたところ、先手をとってアジトを襲われました。ギラニールら主要幹部らは、全滅……」

「へぇ、あの天辺が光ってるおっさんは死んだか」


 モリュブ・ドスは、盗賊たちが目を見開くのも無視して口元を緩めた。


「ん? ちょっと待て。先手をとられてアジトを襲われたっておかしくないか?」

「……」

「なんで、その独立傭兵は、アジトの場所を知っている?」

「わかりません」


 ラー・ユガーは正直だった。


「ただ、村についてさほどの時間もありませんでしたから、その独立傭兵は真っ直ぐ教会へやってきたと思われます」


 推測になりますが、とラー・ユガーは前置きをした。


「よほどの信仰心があって、たまたま教会にきたところを秘密の入り口を見つけたのか、あるいは初めから我々のことを知って襲ってきたのか……」

「前者だと思いたいねぇ」


 モリュブ・ドスは苦笑した。


「後者だったら、お前ら盗賊団のことをよほど調べ上げた奴ってことになる」

「お言葉ですが、それでもあのアジトの場所の見当をつけることはできないと思いますが……」

「そうかい? 前の前のアジトも、倉庫地下だったじゃないか。執念深く追ってきた奴なら、そこから推理したって考えられなくもない」

「なるほど、さすがの御明察でございます」

「……お前ねぇ、へりくだるなら、もっと感情込められないの?」


 モリュブ・ドスは顔を歪めた。


「淡々と言われると小馬鹿にされているみたいなんだけど?」

「まさか。私めがあなた様を小馬鹿になどしましょうか」

「そういうのがしてるっていうの! あー、もういいよ」


 すっかり砕けた口調になるモリュブ・ドス。


「で、オレに、その独立傭兵を始末してほしい、とそういう解釈でいいか?」

「よろしくお願いいたします」


 ラー・ユガーは頭を下げたままだった。


「恐ろしく手練れです」

「独立傭兵ってことは、一人だよな――っと、噂をすれば影ってな。だが一人じゃないな。二人、いるな」

「ドーハス商会の隊商に合流した時は三人でしたから」

「ふーん。お前ら、しっかりつけられているじゃねーの。まあ、いいさ、ここで始末すれば、いいんだかんな!」


 モリュブ・ドスが右腕を、そちらに向けると手のひらにあっという間に火球が生成された。盗賊たちが慌てて左右に避けると、火球は大気を燃やしながら放たれた。



  ・  ・  ・



 火の玉が飛んできた。ラトゥンは叫ぶ。


「エキナ!」


 彼女も火球に反応して躱した。

 視力を拡大――すると盗賊たちの奥に、灰色髪の魔術師らしい男の姿を見えた。盗賊団の中の、腕利きがまだ残っていたようだ。

 魔法なら、魔法で返す――ラトゥンは、左手を魔術師に向けて、ライトニングスピアを撃った。

 しかし魔術師は、それをヒラリと避けた。


「ほう、短詠唱……無詠唱か? これはラー・ユガーでは荷が重いか?」


 魔術師は、さらに両手から火の玉を生み出すと、次々と投げつけてきた。


「エキナ、左へ回れ」

「はい!」


 迫る火球を、ラトゥンは右へ、エキナは左へ躱す。左右から回り込むことで、魔術師は火の玉をどちらかへ絞らなくてはならなくなる。人間の視力では、左右にそれぞれ動いているものを同時に視界を捉え続けるのは困難だ。当然命中精度も下がる。


 ラトゥンは定期的にライトニングスピアの魔法を撃ち込む。魔術師に回避を選択させると同時に、ラトゥンの放つ攻撃を避けなければならないという都合上、その注意を引きつけることができる。

 そうして視界の外に逃れたエキナは、処刑術、銃殺で長銃を五丁、具現化。そして発砲した。


「!?」


 魔術師は、銃声にとっさに身を引いた。後ろに立っていた盗賊の一人が流れ弾に被弾する。

 敵は射線は見えなかっただろうが、魔術師に当たらなかったのは、銃殺特有のランダム性のせいだろう。

 だが注意は引けた。その間にラトゥンは、魔術師との距離を詰めた。


「チィ――!」


 魔術師は腕をラトゥンに向けて、迎撃の魔法を放とうとする。だが、ラトゥンの手の方が早い。近距離からのライトニングスピアが一瞬早く撃ち込まれた。


「ぐうっ!?」

「モリュブ・ドス殿!?」


 痩身の優男が驚愕する。魔術師――モリュブ・ドスの胸を電撃の槍が直撃した。ラトゥンはそのまま直進し、暗黒剣でモリュブ・ドスの首を刎ねる。

 その速さ、風の如く!

 しかし――


「!?」


 手応えがなかった。ラトゥンの斬撃を、紙一重でモリュブ・ドスは避けたのだ。その目が、ラトゥンの視線と交差する。


「危ない、危ないなっと――!」


 身を捻りつつ、魔術師はそれぞれの手に火の玉を出現させると、至近距離からラトゥンへ放った。

 近すぎて、回避するとどうしても大きく体を動かさなくてはならなかった。ラトゥンはすぐ近くに敵がいながら、攻撃する余裕がなかった。


 だが回避しつつ、攻撃できる位置へと体を移動させるのを忘れない。今は攻撃できずとも、次の次のステップで、狙える位置。もし敵が距離を取ろうとしたなら電撃魔法、位置が変わらなければ、剣で一撃だ。


 ラトゥンは火の玉を連続で避け、攻撃できるタイミング、そして位置に潜り込んだ。距離は目と鼻の先。暗黒剣で両断できる――


「ところがどっこい!」


 さらに懐にモリュブ・ドスが刹那で飛び込んできた。剣のリーチのさらに浅く、魔術師はその手を突き出した。


「吹っ飛べ!」

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